第44回 家族信託(その①)

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熊本 健人

2021-08-03

第44回 家族信託(その①)

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今回からは「家族信託」について解説します。

家族信託とは

家族信託とは、認知症などにより自身で財産を管理することができなくなった場合に備えて、自己の財産の管理権限を家族に与える制度を言います。「民事信託」が法律上の正式名称ですが、家族間で信託が行われることが多いことから「家族信託」と呼ばれることが一般的です。

家族信託の仕組み

 家族信託の仕組みを理解するうえで、信託を構成する3つの役割がありますので、まずはこれらをおさえておきましょう。

①委託者
財産を保有する者であり、家族に対して財産の管理を委託する者です。委託者は、信託する財産の管理、処分の具体的な方法などをあらかじめ指定することができます。

②受託者
委託者から財産の管理、処分を委託される者です。受託者は、委託者から委託された財産について様々な権利を有することになります。他方で、善管注意義務(委託された本旨に従い善良な管理者の注意をもって委任事務を処理する義務)、忠実義務(委託者のために忠実に責務を果たす義務)、分別管理義務(委託者から委託された財産と受託者自身の固有の財産を分離して管理しなければならない義務)などの義務を負います。

③受益者
信託財産から生ずる利益を受ける者です。
なお、「委託者」を「受益者」に指定することも可能です。これを「自益信託」といいます。

なぜ家族信託が利用されるのか

<CASE1>
Aは一人暮らしの高齢者である。Aに妻はない。長男Bと長女Cがいるが、Aとは離れ独立してそれぞれ暮らしている。最近、Aは、振り込め詐欺の被害に遭いそうになるなど、自身の判断能力がやや低下してきたと感じている。そこで、Aは、自身の財産について、BまたはCに財産管理を任せたいと考えている。

理由①:認知症対策として有用であること

 家族信託が利用される理由の1つは、認知症対策です。たとえば、財産を保有している者が認知症を発症して法律行為を行うことができない場合(意思能力がない場合)、不動産を売却することができない、定期預金などを解約して生活費を引き出すことができないなどの不都合が生じます。そのため、認知症を発症する事前の対策として、健康な状態の時に財産管理を誰かに委託しておく必要があります。

この点、財産を管理する制度としては、法定後見制度、任意後見制度という制度があります。法定後見制度には、後見、保佐、補助があり、後見は「事理を弁識する能力を欠く常況にある者」、保佐は「事理を弁識する能力が著しく不十分である者」、補助は「事理を弁識する能力が不十分である者」が対象となります。
<CASE1>の例では、Aは、判断能力がやや低下しているに過ぎないため、上記の法定後見制度のうち、補助人をつけることは考えられます。もっとも、補助人には代理権は付されるものの、財産管理権は本人に残されますので、財産を管理してもらいたいAの意向には沿わないものとなります。
では、任意後見制度はどうでしょうか。この制度は、財産を保有している者が健康な状態の時に、いずれ認知症などを発症して判断能力が無くなった時に備えて、あらかじめ財産を管理する後見人を選任し、任意後見契約を締結するという制度です。任意後見制度は、本人が「精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な状況」にある場合に利用できます。
<CASE1>の例では、Aは利用できると考えられますが、任意後見制度でも、受任者に対して財産管理に関する代理権が付与されるものの、財産管理権は本人に残されてしまうため、Aの意向に沿ったものではありません。

また、成年後見制度を利用する場合、後見人、保佐人、補助人は、家庭裁判所が選任することになりますので、必ずしも家族が選任されるとも限りません。実際、弁護士や司法書士などの法律専門家が選任されることが多い傾向にあります。また、後見人等に対する報酬が一般的には月3~5万円程度発生し、本人が長生きすればするほど、その負担は重くのしかかってきます。他方で、任意後見制度を利用する場合は、任意後見人には親族を就任させることができますが、任意後見監督人には専門家の第三者が専任されることが通常ですので、結局は監督人に対する報酬の問題は避けて通れないことになります。

 そこで、家族信託が登場します。家族信託を利用し、財産を管理させたい者との間で信託契約を締結すれば、本人は財産管理の手間から開放されることになり、受託者である家族に対する報酬についても無償で済ませることができます。また、成年後見制度のように裁判所の監督に服することもありません。

以上の理由から、認知症対策として、家族信託が注目されています。

<CASE2>
 Aに妻はない。Aには、長男B、次男C、Cの子D(孫)がいる。Aは、長男B夫妻と同居している。Aは、AがB夫妻と住んでいる土地・建物について、自身が死亡し、B夫妻が住み終えた後は、D(孫)に譲りたいと考えている。

理由②:遺言機能を備えていること

家族信託は、遺言としての機能も有しています。たとえば、親が健康なうちに自己の財産の名義を子供に移し、その財産を自己のために使わせるということも家族信託によって実現することができます。これを遺言で行おうとする場合、遺言書の作成には法律上厳格な方式が求められていますので、作成するハードルが高いといえます。また、遺言は被相続人が死亡したときからしか効力を生じないため、生前に本人の意向を実現することができません。この点、家族信託では、生前に遺言と同様の効果を得ることができますし、生前贈与ではありませんので、贈与税が課せられることもなく税制面でもメリットがあります。

 また、家族信託を利用すれば、次世代以降への相続についても自由に指定することができます。<CASE2>の例では、たとえば、AはDとの間で次のような内容の信託契約を締結すると、Aの意向を実現することができます。

① Aが存命中は、Aを受益者とする
② Aが死亡したときは、Bを受益者とする
③ Bが死亡したときは、Bの妻を受益者とする

このような信託契約を締結した場合、B夫妻が死亡すると、信託契約は解除されることになりますので、受託者であるD(孫)に土地・建物が相続されるのと同様の効果を生じさせることができるようになります。

以上のように、家族信託を利用することで、次世代以降への相続についても自由に指定することができるのです。

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熊本 健人

学習院大学法学部卒業
神戸大学法科大学院修了

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