前回までで、単純承認の手続きを説明してきました。
今回は、特殊な承認手続きである、「限定承認」の制度について説明します。
熟慮期間を過ぎてから相続債務の存在が判明したらどうなるの?
CASE①
A男(65歳)には高齢の父親B(90歳)がいる。母Cは早くに他界しており、Bは長年一人暮らしをしている。AとBは長年にわたり不仲で、ここ数年は殆ど往来が無かった。 そのような中で、Bが死亡した。BにはAのほかに子はいない。 Aが遺品整理のためにBの自宅を整理していると、多数の預金通帳が出てきたが、他方で、消費者金融機関からの督促状も見つかった。Aはできる限りの調査を行ったが、結局、財産と負債を合計すると、プラスになるのか、マイナスになるのか、不明のままであった。 そうこうしているうちに、Bの死亡日から3カ月が経とうとしていた。
このような状況に置かれたAであれば、調査を尽くして、プラスの財産の方がマイナスの財産(負債)よりも多ければ、相続をしたいが、逆であれば相続放棄をしたいと考えるでしょう。
しかし、前回までで何度も説明してきたように、このような事案で、Aがなにもせずに、Bの死亡日から3カ月が経過すると、Aは単純承認をしたものとみなされ、仮にその後多額の負債が見つかった場合であっても、原則として、相続の撤回をすることができなくなってしまいます。
そこで、このような場合に対応するために、民法は、「限定承認」の制度を設けています。
(限定承認)
第九百二十二条 相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることができる。
限定承認も、被相続人の死亡時から3カ月以内に行う必要があります。
(限定承認の方式)
第九百二十四条 相続人は、限定承認をしようとするときは、第九百十五条第一項の期間内に、相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出し、限定承認をする旨を申述しなければならない。
(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第九百十五条 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。
以上のように、被相続人の相続財産の内容が不明な場合は、限定承認の手続きを活用すれば便利なように思えます。
ところが、限定承認の手続きは、殆ど使われていません。
その理由は一体何でしょうか?
CASE②
CASE①で、Bには、Aの外に、次男D、長女E、次女Fがいた場合はどうか。 さらにこの場合、A、E、Fは仲が良く、頻繁に往来をしているが、A、E、FとBは長年不仲で、殆ど音信不通であった場合はどうか。
このCASEでは、Bの法定相続人はA、D、E、Fの4人となります。
法定相続人が複数いる場合、限定承認の申述は、法定相続人全員で同時に行わなければなりません。
(共同相続人の限定承認)
第九百二十三条 相続人が数人あるときは、限定承認は、共同相続人の全員が共同してのみこれをすることができる。
(限定承認の方式)
第九百二十四条 相続人は、限定承認をしようとするときは、第九百十五条第一項の期間内に、相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出し、限定承認をする旨を申述しなければならない。
法定相続人同士が近隣に居住しており、頻繁に往来があるなどのケースであればまだしも、それぞれが独立した家庭を持ち、地理的にも離れて暮らしていたり、兄弟姉妹同士で不仲であったりする場合には、限定承認の申述をすること自体が、そもそも相当困難になります。
また、仮に共同で限定承認の申述ができたとしても、その後にはさらに複雑な手続きが待ち構えています。以下はその一例ですが、限定承認の官報公告、債権者に対する債権額の割合に応じた公平な弁済、弁済のために相続財産を裁判所の競売手続きに付する、、、など、法律の素人である一般人には到底難しい内容になっています。
(相続債権者及び受遺者に対する公告及び催告)
第九百二十七条 限定承認者は、限定承認をした後五日以内に、すべての相続債権者(相続財産に属する債務の債権者をいう。以下同じ。)及び受遺者に対し、限定承認をしたこと及び一定の期間内にその請求の申出をすべき旨を公告しなければならない。この場合において、その期間は、二箇月を下ることができない。
(中略)
4 第一項の規定による公告は、官報に掲載してする。
(公告期間満了後の弁済)
第九百二十九条 第九百二十七条第一項の期間が満了した後は、限定承認者は、相続財産をもって、その期間内に同項の申出をした相続債権者その他知れている相続債権者に、それぞれその債権額の割合に応じて弁済をしなければならない。
(弁済のための相続財産の換価)
第九百三十二条 前三条の規定に従って弁済をするにつき相続財産を売却する必要があるときは、限定承認者は、これを競売に付さなければならない。ただし、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従い相続財産の全部又は一部の価額を弁済して、その競売を止めることができる。
以上の内容から、民法の限定承認制度は非常に使いにくいものになっており、実際に、殆ど利用されていないのが実態です。
今日では、3カ月もの期間があれば、弁護士に依頼するなどして、相当程度相続財産及び債務の内容を調査することが可能になっていますので、一部に不明な内容があるとしても、専門家の助力も得ながら早期に調査を終えて、(法定)単純承認または相続放棄の手続きをおこなうことをお勧めします。
以上
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