前回に引き続き、家族信託について解説します。
事業承継対策と信託
<CASE1>
AはX社の経営者である。Aは、将来は長男BをX社の後継者にしたいと考えている。もっとも、Bは経営者としては未熟であり、BにX社の経営を任せられるようになるまでは、Aが経営をサポートしていきたいと考えている。
なお、Aには弟Cがいる。CはX社の経営を長年支えており、AはCを信頼している。
家族経営が行われる中小企業においては、CASE1のX社のように、父が息子を後継者にしたいと考える例が多く見られます。問題は、父が息子に対して、いつ、どのように経営権を譲渡していくかです。経営権を譲渡するということは、経営者が自社の株式を譲渡することを意味します。
ただ、譲渡の時期をいつにするかはなかなか悩ましい問題です。相続時まで待つのも1つの方法ですが、企業が成長過程にある場合には、株価がどんどん上がり、相続税の負担が大きくなってしまう可能性があります。また、相続人が複数人いる場合には、株式が分散してしまい、望むような事業承継がなされない可能性もあります。
他方で、すぐに株式を譲渡してしまうことも考えられます。もっとも、後継者である息子は、経営者として未熟であることが多く、このまま承継させるのは現経営者の父としては不安が残ります。拒否権付種類株式(会社法第108条1項8号)を発行して現経営者に保持させ、他の株式を後継者である息子に譲渡するといった方法も考えられますが、拒否権付種類株式(いわゆる黄金株)は、株主総会の議案について拒否権を発動できるに過ぎないため、現経営者が積極的に経営に関与することはできません。
そこで登場するのが信託スキームです。
CASE1の場合、AはX社の株式を信託財産として、受託者に弟Cを指定して信託を行います。剰余金の配当を受ける権利など(株主の権利のうち、このような権利を「自益権」といいます。)を信託の受益権として後継者であるBに与え、議決権(株主の権利のうち、このような権利を「共益権」といいます。)は受託者であるCに行使させます。その際、Aを指図権者として定め、受託者に指図することができる信託契約の内容にしておけば、Aは経営に関与することができます。
ここで指図権者とは、「信託財産の管理又は処分の方法について、指図を行う業を営む者」をいいます。指図権者は、信託の本旨に従い、受益者のために忠実に当該信託財産の管理又は処分に係る指図を行わなければならないとされています(信託業法第65条)。
株式を信託財産とする場合、以下の手続きを行う必要があります。
株式を信託する場合、委託者から受託者に対して株式譲渡が行われたことになりますので、会社法上の株式譲渡の手続きが必要になります。具体的には、委託者と受託者は、共同して、会社に対して株主名簿に記載することを請求する必要があります(会社法第133条)。また、株式を信託財産とする場合、当該株式が信託財産に属する旨を株主名簿に記載し、または記録しなければ、当該株式が信託財産に属することを株式会社その他の第三者に対抗することができません(同法第154条の2第1項)。そのため、受託者は、会社に対し、株式が信託財産である旨を株主名簿に記録し、または記録することを請求する必要があります(同条第2項)。
なお、株券発行会社の場合、第三者対抗要件は株券の交付で足ります(同条第4項、128条第1項)。
指図権者の定めについては、信託契約書に、たとえば、以下のように定めます。
第●条
指図権者は、受託者に対し、信託財産目録記載の株式の議決権の行使について指図し、受託者は、指図権者の指図に従わなければならない。
遺留分に配慮した信託
<CASE2>
AはX社の代表取締役社長であり、X社の発行済株式の100パーセントを有している。Aには子どもが2人いる。長男BはX社の専務取締役でありX社の経営に関与している。次男CはサラリーマンでX社の経営には関与していない。Aは、将来的にはBにX社の事業を承継させたいと考えている。
なお、Aの推定相続人はB、Cのみであり、Aの主な財産はX社の株式のみである。
CASE2の場合、Aの要望を叶えるためには、X社の株式をすべて長男Bに相続させることが考えられます。もっとも、すべての株式をBに相続させてしまうと、Cの遺留分を侵害することになります。他方、遺留分に配慮してCにも株式を相続させるとなると、CがX社の経営に口出しができることになり、Bに対して事業を承継させたいと考えるAの要望を叶えることができません。
そこで、信託スキームを利用します。
Aは、X社の株式をBに信託するとともに、指図権者にAを指定します。これにより、X社の議決権は実質的にAが行使することが可能になります。そして、Aの存命中は受益者を自身(A)と指定します。
Aの死後は、指図権を後継者であるBに譲渡し、受益権はBとCの両者に与えます。この際、Cの遺留分を考慮し、遺留分割合である4分の1の受益権をCに取得させれば、遺留分をめぐってBとCとの間で紛争となることを事前に防ぐことができます。
このような信託を行うことにより、Aの存命中は、Aは議決権行使の指図権者となることで実質的にX社の経営を行うことができ、Aの死亡後は、非後継者であるCの遺留分に配慮しつつ、後継者であるBを議決権行使の指図権者とすることにより、BにX社の経営を任せることができます。
以上は一例ですが、事業承継対策の1つとして、信託というスキームを念頭に置いておくと、事業承継スキームの選択の幅が広がり、望んだ事業承継を行うことができるかもしれません。