第30回 相続と登記① 

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熊本 健人

2020-08-25

第30回 相続と登記① 

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今回からは、相続と登記をテーマにお話します。相続によって不動産を取得しても、登記をしなければ、第三者にその取得を対抗できなくなることがあります。今回は、相続と登記に関する問題について、具体的なケースとともに解説します。

共同申請の例外

はじめに、登記申請手続の概要について見ていきます。登記の申請方法については、不動産登記法という法律に規定されています。不動産登記法第60条には、「権利に関する登記の申請は、法令に別段の定めがある場合を除き、登記権利者及び登記義務者が共同してしなければならない。」と規定され、不動産の権利に関する登記は、共同申請が原則です。例えば、不動産売買の例では、買主と売主が共同で申請しなければなりません。
 しかし、相続に関しては、相続は死亡によって生じることになりますので、登記義務者となるべき被相続人は存在しないことになります。そのため、相続の場合は、「相続(中略)による権利の移転の登記は、登記権利者が単独で申請することができる。」と規定されており(不動産登記法第63条第2項)、共同申請の例外が認められています。
したがって、相続における不動産登記の申請は、相続人が1人の場合は1人で行い、複数の場合は相続する者全員で行うことになります。もっとも、相続人全員を登記権利者として、法定相続分による共有として登記する場合は、民法上の保存行為(民法第252条但し書)として、相続人の1人が単独で登記申請を行うことができます。

遺産分割と登記

<CASE1>
Aに妻はなく子B・Cがいる。Aの死亡後、B・CがAの不動産を相続したが、B・Cの遺産分割協議の前に、BがCに無断でその不動産をDに売却し、D名義の登記がなされた。
CはDから不動産を取り戻せるか。

さて、このケースでは、共同相続人の一人Bが、遺産である不動産について不実の登記を行い、その後第三者Dに対して処分(売却)したという場合に、他の相続人Cは、登記をすることなく第三者Dに対して自己の持分を対抗することができるか、という点が問題となります。
この点について、判例は、他の相続人Cはその持分について、登記なくして第三者Dに対し対抗することができるとしています(最高裁昭和38年2月22日判決)。その理由は、不実の登記を作出した相続人Bは、他の相続人Cの持分については無権利であるため、不実の登記を作出した相続人Bから当該不動産を取得した第三者Dも他の相続人Cの持分については無権利だからというものです。すなわち、第三者が、たとえ登記名義人が真実の所有者であると思って、その者から不動産を買い受けたとしても、真の所有者が他にいる場合には、その所有者に対し所有権の取得を対抗することはできないということになります。
<CASE1>の場合、BはCの持分については処分する権利を有しないため、それを取得したDもまた、Cの持分部分については、たとえ登記を経ていても権利を有しないという結論になります。したがって、Cは自己の持分部分については不動産を取り戻すことができることになります。
 具体的な登記の手続としては、Cは、自己の持分についての一部抹消(更正)登記請求を行うことができます。Cは、あくまでも自己の持分についてのみ、Dに対して登記なくして対抗することができるにとどまりますので、D名義の登記の全部抹消請求を行うことまでは認められません。

<CASE2>
Aに妻はなく子B・Cがいる。Aの死亡後、B・Cの遺産分割協議の後、CがAの不動産を単独で取得することになった。しかし、Cが単独名義の登記を行う前に、Bの債権者Dが、Bの法定相続分を仮差押えし、仮差押登記を行った。
CはDから不動産を取り戻せるか。

さて、このケースではどうでしょうか。<CASE1>との違いは、Dに対し権利が移転した時期が遺産分割協議の後である点です。
判例は、遺産分割により法定相続分と異なる権利を取得した相続人は、登記を経なければその権利取得を第三者に対抗できないとしています(最高裁昭和46年1月26日判決)。その理由は、遺産分割は遡及効(=相続時に遡って効力を生じる)を有することになるが、第三者との関係では、相続人が相続によりいったん取得した権利について、遺産分割時に新たな変更を生じるのと実質的には異ならず、遺産分割による権利の得喪変更については民法第177条の適用があると考えられるから、というものです。
もう少し噛み砕いて説明します。遺産分割の効力は相続時に遡って生じることになるため、形式的にはCがはじめから不動産を取得していたことになります。しかし、実質的にみると、遺産分割の時点でBの持分部分がBからCにあたかも譲渡されたように考えることができ、このBの持分部分をDが差し押さえたとすれば、CとDは対抗関係に立ちます。そこで、どちらが不動産を取得できるかは、対抗問題として民法第177条により登記の有無により決めるべきというのが判例の見解です。
したがって、Cは、自己の持分部分を超える部分については、登記を行っていないため、登記を行ったDに対して対抗することができず、不動産を取り戻すことはできないことになります。他方で、Cは、自己の持分部分については、Dに対して登記なくして権利を対抗できることになります。これは、<CASE1>と同様、仮差押えを受けたBはCの持分については権利を有しないため、それを取得したDもまた、Cの持分についてはたとえ登記を経ていても権利を有しないというのがその理由です。

相続放棄と登記

<CASE3>
Aに妻はなく子B・Cがいる。Aの死亡後、Bは相続放棄を行ったため、CがAの不動産を単独で相続した。しかし、Cが単独名義の登記を行う前に、Bの債権者Dが、Bの法定相続分を仮差押えし、仮差押登記を行った。
CはDから不動産を取り戻せるか。

さて、このケースではどうでしょうか。<CASE2>と同様に考えると、Cは自己の持分を超える部分については、登記がないためDに対抗できないとの結論になりそうです。
しかし、判例は、相続放棄による権利取得は登記なくして第三者に対抗できるとしています(最高裁昭和42年1月20日判決)。その理由は、相続放棄は相続人の利益を保護しようとするものであり、その効果は相続開始時に遡り、かつ、その効果は絶対的であるためです。すなわち、相続放棄の制度は相続人を保護するための制度であるから、「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。」(民法第939条)との規定の例外を許すべきではなく、相続放棄の効力については誰に対しても絶対的に対抗できるということになります。
<CASE3>の場合、相続放棄によりBは当該不動産については無権利者となり、このことを誰に対しても対抗することができることになりますので、Dの行った仮差押え登記も無効になります。したがって、CはDに対し、自己の持分を超える部分の権利についても対抗することができ、不動産を取り戻すことができるという結論になります。
具体的な登記手続としては、相続放棄申述受理証明書を添付して、相続を登記原因とする被相続人からの移転登記の申請を行うことになります。


以上、<CASE3>の相続放棄の場合、Cは登記なくして自己の持分を超える部分についてDに対抗できますが、<CASE1>や<CASE2>の遺産分割の場合は、Cは自己の持分を超える部分について登記なくしてDに対抗できないことになります。相続放棄も遺産分割も同じく遡及効(=相続時に遡って効力を生じる)を有しますが、相続放棄は相続人の利益を保護する点にその趣旨があり、遡及効を絶対的に貫く姿勢がこの結論の違いを導いているものと考えられています。

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熊本 健人

学習院大学法学部卒業
神戸大学法科大学院修了

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