前回記事では、公正証書遺言のデジタル化についてご紹介しました。今回は新たなデジタル遺言制度の検討状況についてご紹介します。
1 現行の遺言制度
民法は遺言について厳格な方式を定めています(民法第960条)。これは、主に遺言者の真意を確保し、遺言書の偽造・変造を防止し、遺言者に慎重な考慮を促すためです。
たとえば、自筆証書遺言では、遺言者が、遺言書の全文(財産目録を除く。)、日付及び氏名を自書し、これに押印することが必要です(民法第968条第1項)。ここでは、自署と押印により、遺言者の真意に基づいて作成されたものであることが保障されています。
※ 過去の記事:
第38回記事
第56回記事
第65回記事
第89回記事
第112回記事
現行制度には全文自書等の負担があるとして、デジタル化が進展した現代社会において、より利用しやすい遺言制度を求める意見が主張されていました。
2 遺言制度のデジタル化の検討の経緯
デジタル技術を活用して遺言を簡便に作成できる新たな方式を設けるという政府方針(「規制改革実施計画」令和6年6月7日閣議決定)に基づき、令和5年10月から有識者による「デジタル技術を活用した遺言制度の在り方に関する研究会」が開催されました。令和6年3月中に同研究会の報告書が取りまとめられ、法改正の議論が進められる予定です。
本原稿執筆時現在において、「デジタル技術を活用した遺言制度の在り方に関する研究会報告書(案)」(以下、「報告書案」といいます。)が公表されています。
本記事では、報告書案に基づいて、デジタル技術を活用した新たな遺言方式についての検討状況の概要をご紹介します。
3 デジタル技術を活用した遺言方式の位置づけ
既存の自筆証書遺言という方式は残され、これとは別に、デジタル技術を活用した新たな遺言方式を検討するものとされました。
これは、デジタル技術を活用することが困難な方がいないとはいえず、遺言をしようとする方にとって幅広い選択肢が存在することが望ましいと考えられたためです。
なお、自筆証書遺言に関して、現在必要とされている押印の廃止、自書を必要としない範囲の拡大についても検討するものとされています。
4 デジタル技術を活用した遺言の方式の在り方
遺言者の真意に基づく作成の確保、遺言書の偽造・変造の防止及び遺言者の慎重な考慮の促進という観点等から、以下の例を含め、遺言の方式の在り方を引き続き検討するものとされています。
(1) 遺言の本文(内容)に相当する部分として取り扱う電子データの例
① 文字情報等の可読性のある電子データ(自書した書面のスキャンデータ、ワープロソフト等で入力されたデータ等)
② 録音・録画の電子データそれ自体等
(2) 本人の意思に基づく作成を担保する方法(偽造・改ざんの防止)の例
① デジタル技術(電子署名(マイナンバーカードの利用等)、生体認証技術(顔・指紋認証等)、録音録画の電子データ等)
② 証人の立会い
③ 保管制度(保管の申請時に本人確認を実施する等)等
※ その他、遺言作成後の変更・撤回の在り方等も検討されています。
5 まとめ
上記のとおり、報告書案によると、自筆証書遺言とは別に、新たなデジタル遺言を設けることが検討されています。しかし、将来的に制度化されるデジタル遺言の方式は未確定であり、今後、法改正に向けた議論が進む中で具体化されると思われます。
将来的には、所定のフォーマット・項目に基づいて入力された最低限の電子データと電子署名の利用等により、手書きの手間を省いて、法定の要件を満たした有効な遺言ができるようになる可能性があります。
他方で、電子署名のためのマイナンバーカード・パスワード等の管理、生体認証のための顔・指紋等の事前登録、証人の立会い等、現行の自筆証書遺言では要求されない事項が必要とされる可能性もあり、一概にデジタル遺言であれば既存の自筆証書遺言より手軽に作成できるようになるとまでは言い難いと考えられます。
これから遺言をしようと考えている方にとっては、(デジタル遺言の導入状況に留意しながら)遺言制度の趣旨・方式を十分に理解して、ご自身の状況に適した遺言の方式を選択し、その方式を満たすようにして、有効な遺言をすることが重要です。
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