前回までは特別受益・寄与分などについてお話ししました。相続の際には相続人間の公平を考慮することも民法上で規定されている、という話でしたね。
今回からは複数回にわたって「遺産分割」についてお話しします。総論としてお話しする今日の話題は「遺産分割の基準」についてなのですが、今日もまた「公平」がキーワードになります。
まず、少しだけ遺産分割の前提の話をさせていただくと、被相続人の死亡時には暫定的に遺産は共同相続人の間で相続分の割合で共有されている状態となります。次に、そこから遺産分割する、という2段階のプロセスを踏むことを基礎としています。なんだか言葉にすると難しい感じがしますが、簡単に言うと、被相続人の死亡時に、遺産のすべてが現金であれば相続割合でサッと分けられるでしょうが、一般的には遺産はそれだけではありませんよね。不動産、預金、有価証券・・・などなど、その瞬間に分割できるものではありません。そこで遺産共有という概念が生まれます。
さて、分割されるまでは共有している状態が続いている、という前提を置いたうえで話を進めますね。その共有された遺産を分割する方法には、協議(民法907条1項)、調停(家事事件手続法244条など)、審判(民法907条2項、家事事件手続法191条など)があります。
そこで、協議分割・調停分割・審判分割では、具体的に何を基準にすればいいのか?という問題が出てきます。今までの連載を読んでいただいたら、「遺産は、遺言に従って分割するか、特別受益・寄与分を考慮したうえで、法定相続分で分割すればいい」と思いますよね。でも、あくまで「法定相続分で分割」という基準であれば、相続に争族は起きないわけです。それ以外に基準が設けられているので、その基準の判断でもめるわけですね。では、その基準とは何なのでしょうか?実は民法で遺産分割の基準について定めている条文にはこう書かれているんです。
遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする(906条)
繰り返しますが、この条文には「遺産は法定相続分通りに分割する」とは書かれていませんね。相続の知識がある程度ある方は「配偶者は2分の1で、子Xと子Yは4分の1ずつで・・・」などの知識により、遺産分割は法定相続分が基準だと思っていたのですが、民法の規定上は、実はそうでなかったんですね。
遺産分割は相続人個々の事情を考慮して、公平に行わなければならないんです。特別受益や寄与分の話をした時にも書きましたが、遺産分割の基準が法定相続割合そのもので定められていたら、公平性に欠ける相続が増えてしまいますよね。
少し調べてみると、面白いことが分かりました。この906条は戦後の改正により新設された規定なんだそうです。なぜこのような「公平」に関する規定が、戦後になってから新設されたのでしょうか?それまでは相続が公平ではなかったのでしょうか?
その答えは、戦前はいわゆる『家長制度』つまり「長男が家を継ぐ」といった家督相続が基本だったことにあります。ですので、表面上は相続にもめごとは生まれなかったわけです(とはいえ、裏ではいろいろあったのでしょうが・・・)。しかし、戦後その家督相続が廃止されて、大多数の相続が共同相続になったことから、共同相続の遺産分割をより公平なものにするために、遺産分割の方針を示す意図のもとで906条が設けられたそうです。戦後、民法も改正を繰り返し、現状にあった条文になってきているようですね。
さて、ここまでお話しすると、「906条が存在するのであればその解釈次第で全て解決できるってことでしょ?じゃあ、法定相続分っていったい何のためにあるの?」という疑問が生じて混乱してしまいますね。
ちょっと難しい話になるのですが、906条がいうところの分割基準と法定相続分とは、論理的に別の話である、と思ってください。相続分は個々の相続人が取得すべき財産の価額の、相続財産全体の価額に対する割合を示すものであり、基本的には遺産分割はこの相続分に拘束されることになります。しかし、皆さんがすでに学習された通り、協議分割や調停分割では、相続人全員の合意によって相続分とは異なる分割をすることは出来ますよね。また、審判による分割がされる場合は、具体的な相続分に即して公平に分割を行わなければなりません。906条はこうした協議分割・調停分割・審判分割の際に、相続分を前提にしたうえで、具体的にどの財産をどの相続人に分割するかを定める基準を意味するんです。公平を考慮するために、遺産の種類や性質、相続人の年齢、職業、心身状態、生活状況などを加味して公平に相続財産の分配をおこなうことを906条で求めている、ということですね。
今回は総論として遺産分割の基準についてお話ししました。次回は具体的な分割方法についてお話しします。