被相続人の預貯金を管理していた相続人が、被相続人の生前に預貯金を引き出していたことが問題となるケースが多々見受けられます。今回は、このような場合に、他の相続人ができることについて解説していきます。
<CASE>
Aが死亡した。相続人であるB、C、Dが遺産分割協議を行おうとしたところ、Aと同居していたBが、Aの生前に、A名義の預金口座から多額の現金を引き出していることが判明した。CとDは、Bに対して何ができるか。
生前贈与の場合
BがA名義の預金口座から引き出した現金について、Aがその引き出しを了承していたかどうかによって、Bの行為の法的な意味が変わってきます。
まず、Aが引き出しを了承し、現金をBに生前贈与する意思を有していた場合、当該現金は遺産には含まれず、Bに対する特別受益に該当するかが問題となります。
特別受益とは、特定の相続人が生前贈与等により被相続人から受けた特別な利益のことをいいます。特定の相続人がこのような特別な利益を得ておきながら、被相続人の遺産を他の相続人と均等な割合で相続できるとすると、不公平が生じます。そこで、民法は、共同相続人の中に、被相続人から生計の資本として贈与を受けたなどの事情があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、法定相続分の中からその贈与等の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする旨規定しています(民法第903条第1項)。
(特別受益者の相続分)
第九百三条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2~4 略
A名義の口座から引き出した現金はAからの生前贈与であることをBが立証できた場合、CやDは、Bが取得した現金が特別受益に該当することを立証することになります。これに対し、Bからは、Aが持戻免除の意思表示を行ったことなどの反論がなされることが考えられます。
持戻しとは、特別受益を受けた相続人の具体的相続分を減少させることをいいます。通常、被相続人は、事情があって特定の相続人に対して財産を多く残そうとしているため、被相続人が持戻しの処理を望まないことを明言していた場合や諸般の事情から持戻しを望んでいなかったと考えられる場合は、特別受益があったとしても、持戻しを行わずに遺産分割を行うことが可能とされています(民法第903条第3項)。これを持戻免除の意思表示と言います。
(特別受益者の相続分)
第九百三条 1~2 略
3 被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。
4 略
無断使用の場合
次に、BがAに無断で預金を引き出し、自己のために使用した場合、Bの行為は違法な行為になり、Aは、生前、Bに対する不当利得返還請求権や不法行為に基づく損害賠償請求権を有していたことになります。
これらの請求権は、可分債権ですので、相続発生と同時に各相続人に当然に相続分に応じて分割承継されます。<CASE>の例では、CやDは、自身が相続した相続分の範囲で、Bに対する不当利得返還請求権や損害賠償請求権を取得することになります。
CやBが不当利得返還請求等を行っても、Bが任意の支払に応じない場合は、民事訴訟を提起して回収を図ることになります。これらの請求については、家庭裁判所で行われるAの遺産に関する遺産分割調停の手続の中では、原則として争えない点には注意が必要です。遺産分割調停の手続の中で、相続人が生前に使用した現金の使途が問題になることは多々見受けられますが、裁判所としては、両手続は別個の手続であるため、預貯金を管理する相続人に対して、預金引き出しの経緯や使途等の開示を促すものの、当該相続人が任意に応じない場合は、この件は別途訴訟手続に委ね、遺産分割調停の手続としては、現存する遺産のみを対象に手続を進めるのが一般的です。