今回は、成年後見制度のうち、任意後見制度について解説します。
<CASE>
Aは高齢の独身男性である。妻に先立たれ一人暮らしをしている。判断能力に問題はないものの、身体が不自由であるため老人ホームに入所する予定である。Aは、将来、子Bに財産を適切に相続させるため、認知症等を患い判断能力が低下した場合に備え、信頼でき、近くに住んでいる弟Cに財産管理を委ねたいと考えている。
任意後見制度とは
CASEの場合、任意後見制度を利用し、Cを任意後見人に選任することが考えられます。では、任意後見制度とはどのような制度でしょうか。
任意後見制度とは、自身が被保護状態になる前に、財産管理や身上監護に関し、誰にどのような方法で財産管理等をしてもらいたいかを明示し、将来、財産管理等を行う者との間で契約を取り交わし、自身が要保護状態になった後に、契約の他方当事者が事前の指示、合意に基づき後見活動を行う制度をいいます。この制度は、「任意後見契約に関する法律」(以下「法」)に基づく制度です。
そして、「任意後見契約」は、以下のとおり定義され(法第2条第1号)、家庭裁判所によって任意後見監督人が選任された時からその効力を生ずる点、公正証書での締結が必要である点に特徴があります(法第3条)。
(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号の定めるところによる。
一 任意後見契約 委任者が、受任者に対し、精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な状況における自己の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務の全部又は一部を委託し、その委託に係る事務について代理権を付与する委任契約であって、第四条第一項の規定により任意後見監督人が選任された時からその効力を生ずる旨の定めのあるものをいう。
二~四 略
(任意後見契約の方式)
第三条 任意後見契約は、法務省令で定める様式の公正証書によってしなければならない。
任意後見契約は、自らの判断能力があるうちに、それが不十分な状態になることに備えて締結される契約であり、自らの判断で任意後見受任者(任意後見人)を選任し、その代理権の範囲についても自ら決定することができます。
前回解説しました法定後見制度は、判断能力が低下した後で事後的に家庭裁判所が後見人を選任する制度であるため、任意後見制度は、法定後見制度と比べると、将来に備えた予防的な制度であると同時に、自身で後見人を誰にするか、どのような権利を与えるかを決定することができる点において、自己決定権が尊重されている制度であると言えます。
任意後見契約の利用形態
任意後見契約の利用形態には、①将来型、②移行型、③即効型の3類型があります。
①将来型
自身に十分な判断能力があり未だ任意後見を必要としていない時点で、将来判断能力が低下した場合に備え予防的に任意後見契約を締結しておき、将来判断能力が低下した時点でその効力を生じさせる形態をいい、任意後見契約の典型的な類型です。
この利用形態の場合、任意後見受任者が同居の親族でないと、本人の判断能力が低下したかどうかの把握が不十分となり、家庭裁判所への任意後見監督人の選任申立ての時期を失し、本人の保護に欠けるおそれがあります。そこで、その対策として、任意後見受任者に対し、本人の判断能力が低下した状態に至った場合には任意後見監督人選任の申立てを行う義務を負わせること、選任の申立てを適切な時期に行うために本人を見守る義務を負わせることなどを内容とした準委任契約(いわゆる「見守り契約」)を併存的に締結しておくことが一般的です。
②移行型
任意後見契約の締結と同時に、通常の任意代理の委任契約を締結し、まずは通常の任意代理の委任契約の効力を生じさせ、その後本人の判断能力が低下した時点で任意後見契約の効力を生じさせることで、財産管理等の権限の根拠となる契約の効力を移行させる形態をいいます。この類型は、本人の判断能力の低下を待たずに直ちに、第三者に財産管理をさせたい場合に適しています。
③即効型
軽度の認知症等により既に判断能力の低下が認められるため、任意後見契約締結後、直ちにその効力を発生させる形態をいいます。この類型に対しては、判断能力が低下している状況で任意後見契約の締結を認めることになるため、本人の保護に欠けるとの指摘があります。①②の類型に比べると稀な類型です。
CASEでは、Aは未だ判断能力があり、当面は自身で財産を管理する意向があると思われますので、①将来型の類型に当てはまると考えられます。その場合、AはCとの間で、任意後見契約のみならず、見守り契約も締結しておくことになるでしょう。CはAの近くに住んでいるため、定期的に老人ホームを訪問し、Aの様子を確認することができると考えられます。
任意後見契約締結に要する費用
任意後見契約を締結する場合、どれぐらいの費用がかかるでしょうか。
まず、報酬については、任意後見人が近親者の場合は無報酬とする場合が多く、報酬が発生するとしても月額1万円程度が多いと思われます。他方、第三者を任意後見人とする場合は、月額2~3万円程度が多いと思われます。
なお、任意後見監督人に対する報酬は家庭裁判所が決定します(月額2~3万円程度が多いと思われます。)。
次に、公正証書の作成費用については、基本料1万1000円、登記嘱託手数料1400円、登記所に納付する印紙代2600円、証書代、登記嘱託書郵送用の切手代等が約1万円であるため、合計2万5000円程度要するのが一般的です。
なお、前記②移行型の場合は、これに加え、通常の委任契約公正証書の作成費用もかかります。
任意後見契約の登記
任意後見契約の公正証書が作成された場合、公証人からの嘱託によって登記されることになります。
任意後見契約の登記がなされると、登記事項証明書の交付を受けることができるようになり、任意後見人は、この登記事項証明書を相手方に提示することによって、本人に代わって契約等を行うことができることになります。