前回は、被相続人の預貯金を管理していた相続人が、被相続人の“生前”に預貯金を引き出していたことが問題となるケースをご紹介しました扱いました。では、被相続人の“死後”は、生前の場合と何か違いが生じるでしょうか。今回は、被相続人の死後に預貯金が引き出された場合について解説していきます。
<CASE>
Aが死亡した。相続人であるB、C、Dが遺産分割協議を行おうとしたところ、Aと同居していたBが、Aの死後、A名義の預金口座から多額の現金を引き出していることが判明した。CとDは、Bに対して何ができるか。
被相続人死亡後の預貯金の帰属
従来の判例では、預貯金については、可分債権であることから、相続開始と同時に各共同相続人が相続分に応じて当然に承継すると考えられてきました(最判平16・4・20)。ところが、平成28年に新たな判例が出ました(最判平・28・12・19)。この判例は、平成16年の判例を変更し、預貯金債権は「相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となる」旨判示し、預貯金債権が、遺産分割を経ずに、相続分に応じて相続人に当然に分割承継されるとの考えが否定されました。つまり、預貯金は、遺産分割を経て、最終的な取得者が決まるまでの間は、相続人全員の共有(正確には、「準共有」といいます。)になるという考えがとられました。
Bに対する請求
では、このように相続人間で共有(準共有)の状態にある預貯金について、一部の相続人が無断で払い戻しを行った場合、預貯金をめぐる権利関係はどのようになるでしょうか。
まず、払い戻した預貯金をBが自身のために使用したことをBが認める場合、使用した預貯金の金額については、遺産分割協議のなかで、遺産の先取りとして取り扱うことが可能になります。また、Bが払い戻した預貯金を葬儀費用やAの生前の医療費の支払のために使用したなど、使途が明確に裏付けられる場合は、当該費用の清算問題として相続人間で協議することになるでしょう。
他方、Bが払い戻し金額を自己のために使用した場合(Bが使途を説明できない場合)、Bの行為は違法な行為となり、CやDは、自己の相続分に応じて、Bに対する不当利得返還請求権や不法行為に基づく損害賠償請求権を有することになります。
そして、CやDが不当利得返還請求や損害賠償請求を行っても、Bが任意の支払に応じない場合は、民事訴訟を提起して回収を図ることになります。これらの請求については、家庭裁判所で行われるAの遺産に関する遺産分割調停の手続の中では、原則として争えない点には注意が必要です。遺産分割調停の手続の中で、相続人が生前に使用した現金の使途が問題になることは多々見受けられます。しかしながら、裁判所としては、両手続は別個の手続であるため、預貯金を管理する相続人に対して、預貯金の引き出しの経緯や使途等の開示を促すものの、当該相続人が任意に応じない場合は、この件は訴訟手続に委ね、遺産分割調停の手続としては、現存する遺産のみを対象に手続を進めるのが一般的です。
以上の点は、生前に預金が引き出された場合と基本的には同様です。
金融機関に対する請求
では、CとDは、金融機関に対しては何か請求ができないでしょうか。
Bの払い戻し請求行為は、既に死亡しているAの名義で行われた行為であるため、法律上は無効になり、これに応じた金融機関の払い戻し行為も無効になるのが原則です。
もっとも、金融機関は、Aの身内などからAが死亡した事実を知らされない限り、Aが死亡した事実を知る由もありません。そのため、BがAの代理人と称して払い戻し請求を行ったり、又は、Aのキャッシュカードを持ち出して払い戻し請求を行った場合、金融機関はAが死亡した事実を知らず、かつ、本人確認等の手続上に不備がなければ、金融機関に過失がないことになり、払い戻し行為は有効となる可能性があります(これを準占有者に対する弁済といいます(民法478条))。
したがって、このような場合は、CやDは金融機関に対しては何らの請求もできないことになります。
(受領権者としての外観を有する者に対する弁済)
第四百七十八条 受領権者(債権者及び法令の規定又は当事者の意思表示によって弁済を受領する権限を付与された第三者をいう。以下同じ。)以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有するものに対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。