今回からは、“遺産の管理”をテーマにします。
相続開始後、相続人が確定し遺産分割が完了するまでの間には、ある程度時間を要するのが通常です。その間、遺産を管理する必要が生じますが、遺産の管理とは具体的に何を行えばよいのでしょうか。また、管理するのに生じた費用や家賃収入等はどのように清算すればよいでしょうか。今回はこれらの点について解説します。
相続人の管理義務とは?
<CASE①>
Aには、妻Bと子C・Dがいる。AはXに賃貸している甲建物を所有している。
その後Aは死亡したが、未だBCD間では遺産分割協議は行われていない。Aの死亡後、甲建物は台風のため一部損傷してしまった。また、Xは家賃を3か月滞納している。
Aの死亡後、甲建物はBが管理しているが、Bは建物の修繕と、Xとの賃貸借契約の解除を行いたいと考えている。
相続人には“相続する自由”と“相続しない自由”が認められています。すわなち、相続開始後、相続の“承認”又は“放棄”をするまでの間、相続人はその資格が確定しない状態になります。他方で、相続人は、相続開始時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を基本的に承継することになります。そこで、相続人が相続を承認するか又は放棄するかの熟慮期間中、遺産をどのように管理すべきかが問題となります。
この点について、民法は、相続人は、相続が開始してから相続放棄又は限定承認を行うまでの間、その固有財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産を管理すべき義務を負うと規定しています(民法第918条第1項)。
ここでいう「固有財産におけるのと同一の注意」というのは、“自分の財産を管理するのと同程度の注意”ということを意味し、他人の財産を預かって管理する場合の注意までは必要ないということです。
そして、「管理」とは、財産の保存行為、利用行為、改良行為を意味すると考えられています。
保存行為とは、財産の現状を維持するために必要な行為をいいます。例えば、損傷した建物を修繕する、腐敗しやすい物を売却して金銭に替える、といったことがこれに当たります。
利用行為とは、収益をはかる行為をいいます。例えば、不動産を賃貸する、金銭を利息付きで貸与するなどが一般的には当たります。もっとも、不動産を賃貸する行為は、借主の利用によって建物が滅失したり損傷したりする危険があるとともに、借主が建物を利用することを簡単に覆すことができない場合には、その支配が実質的に妨げられることにもなりますので、借地借家法の適用を受ける不動産の賃貸や、短期賃貸借(民法第602条)の期間を超える賃借権の設定は、もはや利用行為とは言えず、相続人の管理権限を超えると一般的には考えられています。
改良行為とは、財産の使用価値又は交換価値を増加させる行為をいいます。例えば、建物に造作を施すことなどがこれに当たります。もっとも、例えば、田地を宅地にするなど、その物の性質を変えてしまうような行為は、改良行為ではなく、相続人の管理権限を超えてしまうことになりますので注意が必要です。
それでは、相続人が複数存在する場合には、相続財産の保存行為、利用行為、改良行為を行うかどうかについて、どのように決めるのでしょうか。この点は、共有物の管理の規定(民法第252条)に従って決めるものと考えられています。
保存行為については、各相続人が単独で行うことができます。他方で、利用行為と改良行為については、持ち分の過半数で決めるとされています。もっとも、相続をするのかしないのかが決まっていない熟慮期間中は、各相続人の相続分がそもそも未確定ですので、持ち分の過半数で決めることは困難になります。そのため、相続人の頭数の過半数で決めるとの考え等もありますが、無用なトラブルを生じさせないためには、基本的には相続人全員の同意を得て利用行為や改良行為を行うのが望ましいと考えられます。
以上を踏まえてCASE①を検討すると、損傷した甲建物の修繕は保存行為に当たりますので、Bは単独で行うことができます。他方で、Xとの賃貸借契約の解除については、利用行為又は改良行為に当たると考えられていますので、持ち分の過半数で決める必要があります。Bは少なくともCとDに対しても解除することの同意を得ておくのが望ましいと考えられます。
果実は誰が取得する?
<CASE②>
Aには、妻Bと子C・Dがいる。Aは月12万円でXに賃貸している甲建物を所有している。
その後Aは死亡したが、未だBCD間では遺産分割協議は行われていない。Aの死亡後、甲建物はBが管理しXから家賃を受領している。
遺産の中に賃貸中の不動産や株式等がある場合、相続が開始し遺産分割が終了するまでの間に、賃料や配当等が生じることがあります。では、生じた賃料や配当等は誰のものになるのでしょうか。
この点について、相続開始から遺産分割終了までの間に生じる賃料等は、各共同相続人がその相続分に応じて確定的に取得すると考えられています(最高裁平成17年9月8日判決参照)。CASE②では、BCDがそれぞれ月4万円ずつの賃料を確定的に取得し、その後、建物をBが取得することになったとしても、CDは遺産分割終了までに取得した賃料をBに返還する必要はありません。もっとも、CASE②のように、通常は、遺産分割が完了するまでの間は、特定の相続人(B)が賃料を受領しています。では、受領済みの賃料等はどのような手続で分配することになるのでしょうか。
前述のとおり、相続開始から遺産分割終了までの間に生じる賃料等は、各共同相続人がその相続分に応じて確定的に取得すると考えられていますので、原則としては、賃料等を管理している他の相続人に対して、相続分に応じた金銭の支払いを請求することになります。CASE②では、CDはそれぞれBに対して、各自月4万円の賃料の返還請求をすることができます。また、実務上は、相続人全員の同意がある場合には、賃料や配当などの果実についても、遺産分割の対象に含めることができる、とされていますので、遺産分割手続の中で、相続人全員の同意を得て、賃料等の分配を定めることもできることになります。
遺産の管理費用の清算方法
実際に発生した管理費用はどのように清算すべきなのでしょうか。例えば、遺産分割が完了するまでの間に、不動産の固定資産税、賃借料、光熱費、火災保険料等が発生し、これらの管理費用について、相続人間で特段の合意がなく、相続人の一部の者が管理費用を負担している場合には、どのように清算すべきでしょうか。
家庭裁判所の実務においては、管理費用は相続開始後に発生したものであり、遺産とは別個のものであるため、遺産分割手続の対象とはならず、民事訴訟の手続によって解決すべきであると原則としては考えられています。もっとも、相続人間での合意があれば、遺産分割手続の中で清算することは可能ですので、管理費の内容を巡って深刻な争いが生じないような場合には、遺産分割手続の中で清算することもできます。