はじめに
前々回から、遺言の作成方法として最も簡易な方法だと思われる自筆証書遺言について検討をしており、これまでは、そのメリット・デメリットや、主要な要件である「自書」などについて、ご説明をしてきました。今回も、有効な自筆証書遺言を作成するために守るべきルール・注意点などについて、引き続き検討を進めます。
前回も確認しましたが、自筆証書遺言の作成についての民法の規定は、以下のとおりです。
(自筆証書遺言)
第九百六十八条 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
上記の条文から、自筆証書遺言の作成の明文上の要件が、①遺言の全文を自書すること、②作成の日付を自書すること、③氏名を自書すること、④押印することであることが分かります。本稿では、このうち②について検討します。
遺言書の日付の記載は、どのような役割を果たすの?
遺言書に記載された日付は、当該遺言書が作成された日付を特定する役割を果たします。また、上記のとおり、自書された日付は、自筆証書遺言の要件の1つですので、この記載を欠く場合には、原則として遺言自体が無効となるため、極めて重要な記載と言えます。加えて、日付の記載は、主として以下の2つの場面で、重要な意味を持ちます。
まず、1つ目は、内容の異なる他の遺言が存在する場合、その遺言との関係で、日付の記載が重要な意味を持ちます。まずは、遺言の抵触に関する、以下の条文をご覧下さい。
(前の遺言と後の遺言との抵触等)
第千二十三条 前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
つまり、2つの遺言が発見されて、遺言の内容が矛盾する場合には、日付の新しい遺言書に記載された遺言が優先され、古い方の遺言の内容は撤回されたものとみなされることになります。このように、遺言書の日付の記載は、遺言の先後を確定するための基準としての役割があります。
2つ目の場面としては、本人が遺言をするに当たり、遺言の内容や遺言の結果生じる法律効果を理解し判断できる能力である遺言能力の有無は、原則として、当該遺言書の日付の時点を基準として判断されます。つまり、後日、認知症などを理由として遺言者の遺言能力が争われた場合、遺言書に記載された日付の時点において、遺言者にどの程度判断能力があったかが、原則として争点となるということです。このように、遺言書の日付の記載には、遺言能力の有無を判断する基準時としての役割があります。
自筆証書遺言の日付は、どのように記載すれば良いの?
自筆証書遺言の日付を記載する際の基本的なルールは、以下のとおりです。
(1)日付は、年月日によって表示されなければなりませんが、作成時刻の記載は必要ありません。ただし、前記のとおり、同一の日付で、内容が抵触する遺言が複数ある場合には、時間的な前後関係を確定する必要がありますので、遺言書の文面などから、いずれの遺言が後になされて、内容が優先するのかを明確にしておく必要があります。
(2)自筆証書遺言における日付の記載は、作成日付を特定するために記載されるものですので、年号の記載は、西暦でも、元号でもかまいません。また、他の情報と照らし合わせることにより作成日付を特定できれば良いので、「還暦の日」「100歳の誕生日」「2001年の子供の日」などという記載でもかまいません。
しかし、日付を特定することができないような不明確な記載、例えば、⑴年月だけで、遺言の作成日の記載がない遺言や、⑵年月に続き「吉日」と記載されている遺言は、裁判例において無効と判断されていますので、注意が必要です。
(3)日付を遺言者自らが自書する必要があり、日付スタンプ等を用いることはできません。
(4)日付を記載する場所については、特に制限はありませんが、遺言書の一部に日付を記載しておく必要があります。
もし、うっかり、遺言書本体に日付を記載し忘れて、遺言書を入れて封をした封筒にだけ日付を記載した場合、遺言者が遺言全文及び氏名を自書して押印し、これを封筒に入れてその印章をもって封印し、封筒に日付を自書したケースでは、遺言として有効と判断した裁判例もありますが、日付は、遺言書本体に記載しておくべきです。
遺言書に記載されている日付と、実際に遺言書を作成した日付が異なる場合には、遺言書は無効となってしまうの?
自筆証書遺言に記載する日付は、原則として、遺言書を作成した日を記載すべきです。ただ、日付の記載の誤りが、単なる誤記であることが明白な場合には、なお遺言は有効と判断した裁判例がある一方で、日付に不実の記載がある遺言書は、作成日の記載のない遺言と同視すべきであるとして、無効と判断した裁判例もありますので、日付としては、遺言書の作成日を記載しておくべきでしょう。
次回は、自筆証書遺言の作成の要件のうち、③氏名を自書すること、④押印すること、について検討します。
酒井 勝則
東京国際大学教養学部国際関係学科卒、
東京大学法科大学院修了、
ニューヨーク大学Master of Laws(LL.M.)Corporation Law Program修了