前回は、遺言が相手方の受領を必要としない「単独行為」であり、被相続人の「最終意思表示」であること。また、共同遺言は無効になる、というお話をさせていただきました。
今回は、その大事な遺言についてさらに深彫りして、遺言は共同遺言以外の理由でも無効となる場合があるのか、取り消しになることがあるのか、撤回はできるのか、というお話をさせていただきます。
と、サラッと書いてしまいましたが、この「撤回」「取り消し」「無効」は一見「効力がないんだな」という意味では、どれも同じように思えます。ですが、実は法律用語では大きく意味が変わってきます。いったいどのように違うのでしょうか?
遺言の“撤回”とは
まずは「撤回」についてです。
遺言者は、いつでも遺言の方式に従って、その遺言の全部または一部を撤回することができます(民法1022条)。遺言者は自分の気持ちが変われば、いつでも遺言書に反映できる、ということですね。
この「撤回」というのは、将来に向かってのみ効力が生じることをいいます。つまり、“過去の時点では有効だった”ということになります。
撤回の事例としては・・・
2015年5月に自筆証書遺言をして、その中で「自分の遺産の中から1,000万円を学校法人Xに寄付する」と書いたが、その2年後の2017年5月に、あらためて自筆証書遺言を作成し、「遺産の中からXに対して1,000万円を寄付するとの遺言はなかったことにする」と書いた。
これは前の遺言が後の遺言と抵触している事例なのですが、その抵触する部分については、前の遺言を「撤回」したものとみなされます(民法1023条)。
このほかにも、遺言後の生前処分、その他の法律行為と抵触する場合(民法1023条2項)や遺言者が故意に遺言書を破棄したときや、遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄したとき(民法1024条)も同様に撤回したものとみなされます。
遺言の“取り消し”とは
これに対して「取り消し」というのは過去に遡って“遺言作成時から”効力がなくなる、という意味を持ちます。いわゆる「なかったことに」というものです。
たとえば、詐欺・強迫による遺言は、遺言者が取り消すことができますし、この場合、遺言者が死亡して遺言が行使されてからでも相続人が取り消し権を行使することができます。このようなことはテレビドラマの中で起こるような話と思われがちですが、実際に法律で規定されているということは、現実的に起こりうる話ということですね。
遺言の“無効”とは
最後に「無効」ですが、これは「そもそも遺言として成立していない」という意味を持ちます。
例えば、遺言能力が欠如する者がした遺言、方式違反の遺言(この方式違反は厳格にチェックされますので注意が必要です)、後見人側に利益となる遺言、などが無効とされています。そして、「公序良俗違反」も無効事由なのですが、例えば、不倫相手への遺贈を記した遺言書の有効・無効の論議など、この「公序良俗違反」の定義もまたしばしば議論の的となっています。
皆さんはどのように考えられますか?
実は、不倫相手への遺贈が「不倫関係の維持継続が目的」ということであれば公序良俗違反で無効、その相手の生活維持のためであれば有効だというのです。ですが、人の気持ちは他人には分からないものですよね。いったいどのように証明するのでしょうか・・・。
人の気持ちというものは、その作成時とその後では変わる可能性が大いにあるものです。公序良俗違反になるもならぬも気持ち次第、その後撤回するもしないも気持ち次第。その移ろいやすいところを法律で固めていかなければならない法律家の皆さんの苦労が目に浮かぶようです。
遺言者は、いつでも自由に遺言することができます。それと同時に、その裏返しとして、遺言を撤回することも自由、というわけです。しかし、遺言書で遺産相続の指定を受けていた人としては、その遺言書が撤回される(た)ことを知れば、心中穏やかではいられませんよね。
しかし、これは遺言者の自由な意思である以上仕方がないことなのです。
このようなこともあるため、遺言書を作成するときは、その遺言内容をあらかじめ相続人等へ伝えておくかどうかについては、慎重に判断しなくてはいけませんね。