早速ですが、前回までのおさらいです。
自筆証書遺言は「遺言者が遺言書の本文、日付および氏名を自書し、押印して作成する方式」、公正証書遺言は「遺言者が遺言の内容を公証人に伝え、公証人がこれを筆記して公正証書の遺言書を作成する方式」の遺言でした。
秘密証書遺言を知ろう
そして、今回は3種類の遺言書の最後、「秘密証書遺言」です。秘密証書遺言とは「遺言者が遺言内容を秘密にしたうえで遺言書を作成し、封印した遺言証書の存在を、証人を関与させて明らかにする方式」というものです(民法970条)。
「秘密」という名前がついているので、遺言書の存在自体を秘密にするのではないか、などと考えてしまいますが、遺言書の存在が秘密にされていたら、いざという時に意味をなさなくなってしまいますよね。ここでいう「秘密」とは「遺言書の内容が秘密」ということです。後述しますが、遺言書の存在については、作成時に証人が必要となることから、秘密にはなりません。
秘密証書遺言の要件
それでは、まず秘密証書遺言の要件について見ておきます。(民法970条1項)
①遺言者が、その証書に署名し、印を押すこと。
②遺言者が、その証書を封じ、証書に用いた印章をもってこれに封印すること。
③遺言者が、公証人一人及び証人二人以上の前に封書を提出して、自己の遺言書である旨ならびにその筆者の氏名及び住所を申述すること。
④公証人が、その証書を提出した日付及び遺言者の申述を封紙に記載した後、遺言者及び証人とともにこれに署名し、印を押すこと。
要件が自筆証書遺言の要件にも似ていて、公正証書遺言にも似ていて、なんだかややこしい感じがしますよね。
秘密証書遺言のメリット
それでは、秘密証書遺言のメリットを見ていきましょう。
①秘密証書遺言は自書能力がなくてもパソコンや代筆などで遺言書を作成できること。
②あらかじめ遺言が存在することを明らかにできるため、死後に遺言が発見されなかったり、改ざん・廃棄されたりする危険性が低い。また、真偽の争いはなくなる。
③遺言の内容は秘密にしておくことができる(代筆の場合を除く)。
秘密証書遺言のデメリット
一方でデメリットです。
①作成時に公証人を利用しなければならないため、手続きに手間と費用がかかる。また公証人は遺言書の存在を証明するだけであり、遺言書の内容はチェックできない。
②代筆をした場合は、遺言の内容が知られてしまう。
②作成した遺言書は自分自身で保管する必要がある。死後、発見されないリスクがある。
③検認の手続きが必要である。
④自筆証書遺言に比べ手間がかかり、かつ要件を満たせず遺言書としての効力が無効となるリスクがある。
こうしてみると、公正証書遺言と自筆証書遺言のハイブリット型、という感じです。それはメリットに限ったとことではなく、デメリットについても同様、と言えそうです。
公正証書遺言は公証人のアドバイスにより要件を満たすことがほぼ確実ですが、反面、秘密が漏れる心配もあります。秘密証書遺言は遺言者以外は遺言内容を知りえない方式ですので秘密は守られます。しかし、公証役場に保管されるわけではないため、紛失・滅失の危険があります。
秘密証書遺言ケーススタディー
では、秘密証書遺言にまつわる事例を出します。皆さんはその事例において秘密証書遺言が有効か無効かを考えてみてください。
【事例】
夫Sと妻Tは、ともに再婚者である。Sには子Xが、Tには子Zがいる。Sは遺言書作成時に、Zに頼み「妻Tに遺産を全て譲る」という旨の文章をワープロ入力してもらったあと、末尾に日付と自分の氏名を自書した。Sはこれを秘密証書遺言の方法で作成したが、公証人や証人の前では筆者はSだと申述していた。Sの死亡後、子Xは筆者の申述が誤っていることから、この遺言は無効だと主張している。
秘密証書遺言の「筆者」は実際に筆記(ワープロ入力含む)した者、とされています。この事例の場合、実際の筆者は子Zですので、申述内容が誤っています。したがって、秘密証書遺言としては無効となります。
前回の公正証書遺言は年間8万件ほど行われているとお伝えしましたが、この秘密証書遺言はどれくらい行われていると思いますか?一見すると、公正証書遺言よりは簡単に遺言書を作成できそうなので、たくさん行われていそうな感じですが、実は、年間100件だけなんだそうです。やはりデメリットの部分が深く関係していそうですね。苦労して作成したのに、いざ開封してみたら間違っていた、となれば台無しになってしまいますから…
自ら作成した遺言書が要件を満たしているというよほどの自信がないと、遺言内容を秘密にはできませんね。なお、仮に秘密証書遺言の要件を満たしていなくても、自筆証書遺言の要件を満たしてさえいれば、自筆証書遺言として有効とされます。
この秘密証書遺言は、代筆が可能なこともあり、遺言者の健康状態などによっては活用できる制度です。パソコンの普及も伴って、これからは少しずつ増えてくるかもしれませんね。