第29回 相続発生後の「遺産の管理」②

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熊本 健人

2020-07-28

第29回 相続発生後の「遺産の管理」②

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前回に引き続き、遺産の管理がテーマです。
<参考>第28回 相続発生後の「遺産の管理」①(2020.6.23)
今回は、遺産分割前の預貯金の取り扱いについて解説します。

遺産分割前に預貯金の払い戻しはできるの?

<CASE>
Aは、預貯金合計2700万円(X銀行○○口座に800万円、X銀行△△口座に400万円、Y銀行に900万円、Z銀行に600万円)を遺して死亡した。Aの相続人は、妻Bと子C、Dであるが、未だBCD間では遺産分割協議は行われていない。
Bは専業主婦で、当面の生活費に窮しているため、遺産分割前にAの預貯金を払い戻したいと考えている。

遺産分割前の預貯金について、判例上は、共同相続された預貯金は、相続の開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく遺産分割の対象となり、遺産分割の対象となる預貯金債権は、その遺産分割までの間は共同相続人の凖共有に属する、と考えられています(最高裁平成28年12月19日決定)。すなわち、遺産分割前の預貯金については、相続時に、各相続分に応じて当然に取得することはできず、遺産分割が完了するまでは、他の共同相続人の同意がない限り払い戻しを行うことができない、ということになります。
しかし、CASEの事例のように、当面の生活資金、相続税の納税原資、葬儀費用などを迅速に確保したいといったニーズもあり、その際に、他の共同相続人全員の同意を得る、遺産分割協議を行う等のハードルを超えなければならないとなると、簡易迅速に上記のような資金を確保することが困難になります。
そこで、簡易迅速に遺産分割前の単独での預貯金の払い戻しを認める条文が、今日の民法改正により、新たに創設されました。

(遺産の分割前における預貯金債権の行使)
第九百九条の二 各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

これが新たに創設された条文です。この条文の前段は、共同相続人が単独で、すなわち、他の共同相続人の同意なしに、行使することができる預貯金債権の額について規定しています。また、後段は、預貯金の払い戻しを受けた場合の効果について規定しています。順番に解説します。

いくらの払い戻しができる?

共同相続人が単独で行使することができる預貯金債権の額ですが、原則として、相続開始時の預貯金残高に対する法定相続分(民法第900条及び第901条)の3分の1の額となります。もっとも、法務省令により金融機関ごとの上限が150万円とされていますので、結局、以下の①又は②のいずれか低い金額を限度に払い戻しを行うことができることになります。相続開始時の預貯金の残高は、金融機関ごとに計算することになりますので注意が必要です。例えば、同じ銀行に複数の口座を持っている場合でも、口座ごとに上限額を計算することはできず、その銀行に存在する全ての口座残高を合計する必要があります。

【①又は②のいずれか低い額】
※但し、相続開始時の預貯金の残高は、金融機関ごとに計算する(口座ごとではない)

①金融機関の口座残高×法定相続分×3分の1
②法務省令で定める金額(現行の法務省令では150万円)

CASEの例で、Bはいくらの払い戻しができるのか考えてみましょう。

■X銀行の場合
①金融機関の口座残高×法定相続分×3分の1
→1200万円(800万円+400万円)×2分の1(法定相続分)×3分の1=200万円
②法務省令で定める金額
→150万円

Aは、X銀行の口座を2つ持っていますので、これらを合計することになります。そして、①と②を比べると、②の方が低い金額となるため、遺産分割前にBが単独でX銀行から払い戻すことができる額は合計で150万円となります。

■Y銀行の場合
①金融機関の口座残高×法定相続分×3分の1
→900万円×2分の1(法定相続分)×3分の1=150万円
②法務省令で定める金額
→150万円

①も②も150万円であり同額となるため、遺産分割前にBが単独でY銀行から払い戻すことができる額は150万円となります。

■Z銀行の場合
①金融機関の口座残高×法定相続分×3分の1
→600万円×2分の1(法定相続分)×3分の1=100万円
②法務省令で定める金額
→150万円

①と②を比べると、①の方が低い金額となるため、遺産分割前にBが単独でZ銀行から払い戻すことができる額は100万円となります。

遺産分割前に払い戻しを受けた場合どうなる?

では、実際に共同相続人が遺産分割前に預貯金の払い戻しを単独で受けた場合、その後の処理はどうなるでしょうか。民法第909条の2の後段をもう一度見てみましょう。

「当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。」

この条文によると、遺産分割前に預貯金が払い戻されると、その金額は遺産の一部の分割により取得したものとみなされることになります。すなわち、遺産分割前に預貯金を取得した者は、後の遺産分割で決定される具体的相続分から、遺産分割前の預貯金債権行使により取得した金額を控除した金額を後の遺産分割で取得することになります。そして、仮に、その金額が具体的相続分を超過する場合は、代償金の支払いにより清算をしなければなりません。

<CASE>の事例で考えてみます。
例えば、BがX銀行から150万円を払い戻し、その後の遺産分割で決定された具体的相続分が、Bが2分の1、CDが各4分の1だとします。
すると、Bが遺産分割により最終的に取得できる金額は、1200万円(2700万円×2分の1-150万円)となり、CDの取得金額は、各675万円(2700万円×4分の1)となります。これが、例えば、その後の遺産分割で決定された具体的相続分が、Bが0、CDが各2分の1だとすると、Bは遺産分割前に取得した150万円については、CDに対し、各75万円の代償金を支払い、清算しなければならないということになります。

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熊本 健人

学習院大学法学部卒業
神戸大学法科大学院修了

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