第42回 相続時精算課税制度はお得?<後編>

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江幡 吉昭

2020-02-10

第42回 相続時精算課税制度はお得?<後編>

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前回は、相続時精算課税制度の概要についてお話しました。
今回は、メリットやデメリットについてお話します。

相続時精算課税制度のメリット

①相続税がかからない人にはオススメ!

この制度は、相続税がかからない人が利用すると効果的です。
例えば、子どもがマイホームを購入する際に、頭金2,500万円を何の特例も利用せず(※)に贈与してしまうと、800~900万円程度の贈与税がかかってしまいますが、相続時精算課税制度を使うと贈与税はかかりません。(※)実際には、住宅取得等資金の非課税制度という特例もありますが、ここでは考慮しないことにします。
そして、そもそも相続税がかからない場合(=財産が基礎控除額以下の場合)であれば、相続発生時に贈与した分を持ち戻しても相続税はゼロであるため、税負担が発生しないということになります。

具体例で見てみましょう。
3,000万円の財産を持っているBさんがいます。
このBさんの子どもが自宅を購入することになったので、頭金として1,000万円を贈与してあげようと考えています。しかし、1,000万円も贈与した場合には、177万円もの贈与税がかかってしまいます。(ここでも、住宅取得等資金の非課税制度は考慮しないことにします。)
こんなに贈与税がかかってしまうなんて…
そんなときにこそ、相続時精算課税制度の出番です。
このBさんが、相続時精算課税制度を使えば、1,000万円を非課税で贈与してあげることができます。贈与した後のBさんの財産は1,000万円を引いた2,000万円です。
そして、このBさんが亡くなったときには、手元の財産2,000万円に、贈与した1,000万円を加算した3,000万円で相続税を計算することになりますが、3,000万円は相続税の基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人数)を下回っています。そう、相続税がかからないのです。
このようなケースであれば、相続時精算課税制度は非常に効果的な制度になるのです。(贈与税も相続税もかからない!)

②値上がりしそうな財産を贈与しておくことで相続税の節税になる。

この制度の特徴の一つとして、贈与した分を相続時に持ち戻す必要がありますが、「贈与時点の時価」で持ち戻すという点がポイントです。
例えば、贈与時に500万円の有価証券が、相続時に1,000万円に増えていたとしても、500万円として評価できるため、相続税が有利になります。
相続が発生した時には「贈与した当時の価額」を相続財産に加算しなければなりませんが、贈与した後で値上がりしそうな財産を贈与した場合には相続税の節税につながります。
この点を利用して、中小企業の事業承継対策でも効果を発揮します。
例えば、中小企業の社長が後継者である子に対して、相続時精算課税制度を使って自社株を2,500万円で贈与したとします。贈与後も業績が好調で株価が上昇し、社長の死亡時に自社株の相続税評価が5倍の1億2,500万円になっていたとしても贈与時の2,500万円で相続税を計算することができるのです。
(ただし、有価証券も自社株も確実に値上がりするかどうかは分かりませんが。)

③収益不動産の贈与によって財産の増加を防ぐことができる。(相続税対策になる)

例えば、相続時精算課税制度を使い、収益不動産の建物(賃貸アパート等)を子に贈与することで、親に賃料収入が蓄積せず、子に貯まっていくため、中長期的な相続税対策(相続税の対象となる財産の増加を防ぐ)になります。
(親の所得が多い場合には、所得税の対策にもなることがあります。ただし、贈与を受ける子の収入状況によっては、所得税や社会保険料の増加に注意が必要です。)

④財産を生前に贈与することで、争族を防ぐことができる。

土地や建物などの不動産は遺産分割がしづらく、相続時に争いになることが多いです。生前に贈与することで、相続時の争い(争族)を防ぐことにもつながります。
 

相続時精算課税制度のデメリット

次にデメリットについて見てみましょう。

①110万円の贈与税の非課税枠が使えなくなる。

これが最大のデメリットと言えますが、一度でも相続時精算課税制度を使って贈与をすると、以後、110万円の贈与税の非課税枠が使えなくなってしまいます。毎年、110万円以内を贈与していき、相続税の節税対策をしていこうと考えている方は特に注意が必要です。(相続時精算課税制度は、一度使うと取り消しが一切できません。)



よくある事象として、相続時精算課税制度を使って贈与した後に、通常の年間110万円の非課税枠を使おうと贈与してしまうケースです。



例えば、今年、相続時精算課税制度を使って1,000万円を贈与し、来年110万円、再来年110万円の贈与をしたとします。この場合、この贈与した人が亡くなったときには、手元の財産に贈与した計1,220万円を加えて相続税を計算しなければならないことになります。このように、一度、相続時精算課税制度を使った場合には、二度と110万円の非課税枠を使うことができなくなってしまうのです。

通常の生前贈与では年間110万円までしか非課税になりませんが、その人の財産を減らすことができるので、将来の相続税を減らすことができます。



一方で、相続時精算課税制度は、贈与税は2,500万円まで非課税ですが、最終的に手元の財産に持ち戻して相続税を計算するので、将来の相続税を減らす効果は基本的にはありません。



このことから、税金の負担を確実に減らしたいのであれば、相続時精算課税制度を使ってしまうと、二度と110万円の非課税枠が使えなくなるので、使わない方がよいと言えます。

②値下がりする財産の贈与には適さない(相続税の負担が増える)

例えば、贈与時には会社の業績が良く、株価が高かったのに、その後業績が急降下。相続時には、贈与時の株価の半分以下にまで値下がりしてしまった…という場合、相続税は贈与時の高い株価で計算することになります。



また、住宅(建物)なども、毎年その評価額は減少していくので、相続時精算課税制度による贈与には適しません。



このように、将来の相続時に、その財産が値下がりしても、贈与時の値下がり前の高い価額で相続税が課税されてしまうので、結果として相続税の負担が増えてしまいます。

③小規模宅地等の特例が使えなくなる。

相続時精算課税制度を使って贈与した土地は、相続発生時に小規模宅地等の特例を使うことができません。小規模宅地等の特例は、土地等の評価額を最大8割減らして2割にできる相続税の特例で、相続税がかかるほどの財産を持っていて、その中に小規模宅地等の特例を受けることができる土地等が含まれている場合には、非常に効果が大きい制度です。

相続時精算課税により(宅地の)贈与を受けてしまったために、小規模宅地等の特例の適用が受けられなかったということになれば、相続税の負担が非常に大きなものになってしまうことになりかねません。

④税務署への申告手続きや税金コストが増える。

相続時精算課税制度を利用する際、たとえ納税額がなくても税務署への贈与税申告が必要です。
また、贈与の場合、登録免許税が2.0%(相続の場合は0.4%なので5倍の差)、かつ不動産取得税もかかります(相続の場合、不動産取得税はゼロ)。 

 

“特別受益”にあたる? “遺留分”の請求を受ける?

相続時精算課税制度を利用して贈与した財産は、“特別受益”財産となる場合があります。
相続時精算課税制度により贈与を受けた財産は、生前に贈与を受けたものなので、民法上の相続財産とはなりませんが、この贈与財産が特別受益とみなされると、その財産を相続財産に加えたうえで、遺産分割協議や“遺留分の侵害額請求”等が行われることになります。(相続時精算課税制度適用財産に限らず、暦年贈与による贈与も特別受益となる可能性があります。)
“特別受益”とは、相続が発生したときに、被相続人から遺贈を受けていたり、遺産の前渡しとみられるような生前贈与などを受けたりしていた相続人(=特別受益者)がいる場合に、そうでない相続人との公平性が保たれるように、法定相続分や指定相続分を調整する制度です。
相続時精算課税制度による贈与の場合、金額が大きく、受贈者もはっきりと贈与と認識して申告もしているため、特別受益財産とみなされる可能性が高いと考えられます。そして、この特別受益である贈与自体に遺留分を請求することができますので、遺留分を侵害していれば、これをめぐって争いが生じる可能性も大いにあります。
よって、“特別受益”と“遺留分”の問題も念頭に置いて、相続時精算課税制度の利用を検討する必要があります。
 

相続時精算課税制度を利用するには

相続時精算課税制度を利用する場合には、以下の書類を作成する必要があります。(自分自身で作成することもできますが、税理士に依頼した方が確実です。)

・贈与税の申告書
相続時精算課税制度を利用すると2,500万円までの贈与に贈与税がかかりません。しかし、贈与税がかからない場合であっても贈与税の申告書を作成する必要があります。

・相続時精算課税選択届出書
財産をもらった(贈与を受けた)方が、今後、財産をあげた(贈与をした)方からもらう財産については、すべて相続時精算課税制度を適用するということを宣言する書類です。この制度をいったん適用すると、適用を取り下げることができないため、その確認を取るための書類と言えます。

こうして作成した書類に、その他の必要書類(戸籍謄本や住民票など)を添えて、期限内に税務署に申告します。
 

まとめ

相続時精算課税制度は、節税したい人のための制度ではなく、将来的に相続税の心配がない人(あるいは少しだけ相続税の負担が出る人)が、110万円を超える生前贈与をしなければならない事情があるときのために利用する制度だと言えます。将来、相続する財産額が基礎控除を下回る見込みの人にとっては、相続時精算課税制度は効果を発揮します。しかし、そうでない人は、この制度を使うと基本的には節税にはなりませんので、何が何でも早く贈与しておきたい!という人以外は使わない方が良いと言えるでしょう。(上記のとおりデメリットが多いため、実際の現場でもあまり使われていないのが現状です。)
 

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