第7回 遺留分の放棄

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佐久間 寛

2019-11-13

第7回 遺留分の放棄

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「薄情な長男には遺産を一切渡したくないから遺言を書いたけど、遺留分を請求してきたらどうしよう・・・」といった遺留分に関するご相談もよく受けます。
相続において未然にトラブルを防ぐ方法の一つに「遺留分の放棄」があります。
「相続放棄」と混同される方もいますが、その内容も活用場面も大きく異なります。
今回は「遺留分の放棄」について、「相続放棄」との違いも交えながら見ていきましょう。
 

遺留分の放棄とは

遺留分の放棄とは、字のとおり“遺留分を放棄すること”です。
つまり、遺留分権利者が「遺留分の権利を放棄します。」と言って、その利益を放棄する手続きです。
遺留分侵害額請求(→2019年7月に遺留分減殺請求から改正されました)をする権利を放棄することと言ってもよいでしょう。 

なぜ遺留分を放棄するの?

遺留分を放棄する目的や活用場面を見てみましょう。

■相続発生後のトラブル防止
遺留分の放棄の目的は、相続発生後のトラブルを未然に防ぐことにあります。
遺留分という権利は、一定の相続人を保護するのと同時に、その他の相続人には遺留分侵害額請求されるリスクを負わせるものです。そのため、このリスクから生じるトラブルを回避するために、遺留分の放棄が必要となるのです。

■活用場面(例)
ケース①:会社を確実に継がせたい
例えば、相続人に長男と次男がいたとします。
長男は父親(被相続人)の生存中から、父親が経営する会社で長年働いてきました。
一方、次男は父親の会社には関与しておらず、父親は会社を長男に継がせたいと考えています。(=できる限り会社の経営に次男を参加させたくない、会社の株式を取得させたくない。)
ただ、もし自分が死んで、次男に遺留分侵害額請求をされたら、会社の株式の全部が長男に渡らないかもしれない・・・
このような場合に、事前に遺留分の放棄を利用します。
父親が生存中に、会社の株式以外の財産を次男に生前贈与などする代わりに、次男には遺留分の放棄をするように促します。こうすることで、次男からの遺留分侵害額請求をなくし、相続時のトラブルを回避することができます(=確実に事業を承継することができます)。ちなみに、兄弟の仲が良いからといって口約束で遺留分の放棄をさせたとしても、遺留分の放棄は口約束では効力が生じません。

ケース②:特定の子に優先的に財産を相続させたい
再婚した相手との子どもにできるだけ多くの財産を残したい。このように、特定の子どもにできるだけ財産を残したい、ということもあります。こういったときに、先妻との間に生まれた子どもにある程度の財産を生前に贈与して、遺留分の放棄を促すということがあります。
自立した子どもたちが遺留分を主張し始めると、相続財産が望まぬ形で分割されてしまいます。そこで、あらかじめ遺留分の放棄をしてもらうことで、トラブルを防ぎながら思い通りの相続を進めることができます。

いずれにしても、法定相続とは異なる相続をしたい場合には、法律上認められた権利である遺留分が悩みの種となることがあります。こうした場面で、遺留分の放棄が活用されるのです。
 
 

「遺留分の放棄」の要件

遺留分の放棄は、放棄する側にメリットがありません。そのため、相続開始前にあらかじめ遺留分を放棄するためには家庭裁判所の許可が必要になります。
遺留分の放棄の許可にあたっては、家庭裁判所が以下の3つの要件を放棄する本人に細かく確認します。
①本人の意思であること
②合理的かつ必要性がある理由であること
③放棄の代償を得ていること
 
 

「遺留分の放棄」の方法

遺留分の放棄は、“遺留分放棄の許可の申立て”と呼ばれる手続きで、次のように進めていきます。

(1)遺留分放棄の許可の申立て
遺留分を有する相続人が相続開始前(=被相続人の生存中)に家庭裁判所に申し立てます。
他の相続人の遺留分の放棄を申し立てることはできませんし、被相続人が申し立てることもできません。
申立先は、被相続人の住所地の家庭裁判所です。

申立ては以下の書類を揃えて行います。
・家事審判申立書
・被相続人の戸籍謄本(全部事項証明書)
・申立人の戸籍謄本(全部事項証明書)
・財産目録など、その他審理のために必要な場合は、追加書類の提出を求められることがあります。

これらの書類を揃えて、申立費用である収入印紙800円分をもって家庭裁判所に申し立てます。
申立書には、申立て理由の記入が必要であり、これが特に重要です。申立て理由次第で、許可されるかどうかが大きく左右されます。
上述した3つの要件をきちんと記入します。
①本人の意思であること
②合理的かつ必要性がある理由であること
③放棄の代償を得ていること

①本人の意思
遺留分の放棄は、本人の意思に基づいて申し立てられなければ許可されません。
本人の意思によって申し立てたのか、誰かに強要されて申し立てたのかを裁判所が判断することは難しいので、以下の合理性、必要性、代償の有無とあわせて判断されます。

②合理的かつ必要性
合理性や必要性があると認められるケースとしては、申立人にはすでに被相続人から十分な贈与がされており、申立人が遺留分を放棄することが相続人間の公平性を確保するために妥当とされる場合です。
申立人の「生計が自立・安定している」といった経済的事情を示すことも重要です
反対に、認められないケースとして、被相続人の好き嫌いや申立人の感情論、他の相続人の経済状況を理由とすることなどが挙げられます。

③代償
申立人が、遺留分を放棄する代償として、被相続人から遺留分に相当する額の贈与を受けているか(あるいは受ける予定か)という点は特に重視されます。代償を受け取っているということは、合理性や必要性があることにもつながりますし、本人の意志であることも推認されます。
なお、代償は、遺留分と同等以上のものでなければならず、経済的な価値のない代償は認められない可能性が高いと考えられます。学費や事業資金、マイホーム購入支援などで、すでになんらかの代償を受けているケースが多いでしょう。

以上、3つの要件を見てみましたが、遺留分を放棄してもらうには、本人に放棄することをきちんと納得してもらわなければなりません。納得してもらうためには、放棄することの合理性や必要性を説いたうえで、放棄の見返りとして十分な財産を贈与することが必要だと考えられます。
なお、相続人の廃除を受けた場合や、相続人の欠格事由に該当する場合は、その人は相続人ではなくなり、当然に遺留分もなくなるので、遺留分を放棄してほしいが本人が応じない場合は、廃除や欠格に該当する事由がないかどうかを検討するとよいでしょう。ただし、遺留分を放棄した人が被相続人よりも先に亡くなって代襲相続が生じた場合には、代襲相続人も遺留分を主張することはできませんが、相続人の廃除を受けた人や、相続人の欠格事由に該当する人に子がいる場合は代襲相続が生じ、代襲相続人は遺留分を主張することができるという点には注意が必要です。

裁判所のホームページにも、申立書の記入例が掲載されているので、ぜひそちらも参考にしてください。
http://www.courts.go.jp/saiban/syurui_kazi/kazi_06_26/index.html


<記入例>※裁判所ホームページより
1.申立人は、被相続人の長男です。
2.申立人は、以前、自宅を購入するに際し、被相続人から多額の資金援助をしてもらいました。また、会社員として稼働しており、相当の収入があり、生活は安定しています。
3.このような事情から、申立人は、被相続人の遺産を相続する意思がなく、相続開始前において遺留分を放棄したいと考えていますので、申立ての趣旨のとおりの審理を求めます。

(2)審問期日通知
申立てが受理されると、家庭裁判所から審問をする期日の通知があります。

(3)審問の実施
通知された期日に、家庭裁判所に出頭して審問を受けます。審問(しんもん)とは、裁判所で行うヒアリングのことです。
遺留分とは何か、遺留分を放棄するとどういう結果になるかを理解しているか、放棄する意思は固まっているかなどの確認のための面接を受けます。つまり、誰かに強要されたのではなく、本人がよく理解したうえで自らの意思で遺留分を放棄しようとしているかどうかを確認されます。

(4)遺留分放棄の許可の審判
遺留分放棄の許可がおりると、申立てをした本人に通知されます。
ここで必ず、申立てをした本人から証明証発行の申請を行い、証明証を発行してもらいます。そして、相続人の間で共有しておきます。なぜなら、遺留分放棄の許可が下りたかどうかは申立てをした本人にしか通知されないため、いざ相続が開始したときに、本当に遺留分の放棄をしたのかどうか分からないからです。
 

「遺留分の放棄」と「相続放棄」の違い

遺留分の放棄と相続放棄はどちらも「放棄」とありますが、大きな違いがあります。

まず、遺留分の放棄は、放棄する対象は「遺留分だけ」です。相続権を失っているわけではないので相続人であることに変わりありません。したがって、相続が開始されれば、相続人となり、遺言で処分方法が指定されているもの以外に遺産があれば、遺産を相続したり、遺産分割協議に参加することができます。また、相続債務(被相続人の債務)がある場合は、相続債務を負うことになります。

これに対し、相続放棄は「相続すること自体」を放棄します。相続放棄をすると最初から相続人ではなかったことになります。つまり、相続権自体を失い、遺留分だけではなく、すべての財産を受け取れないことになってしまいます。遺産を相続する余地や遺産分割協議に参加する余地はありません。相続債務を負うこともありません。

両者の活用場面は異なります。
遺留分の放棄は、主に“相続発生前”にトラブル予防のために行いますが、相続放棄は“相続発生後”に不要な相続を回避するために行います。
もっとも、遺留分の放棄と相続放棄は、どちらかを選ぶというものではなく、被相続人の生前に遺留分を放棄したうえで、相続発生後に相続放棄をすることもできます。したがって、相続債務が存在する可能性がある場合は、遺留分の放棄を行っている場合であっても相続放棄もあわせて行ったほうがよいかもしれません。
また、遺留分の放棄は、他の相続人に影響を及ぼしません(他の相続人の遺留分は増えません)が、相続放棄をすると他の相続人の相続分が増えます。
さらに、遺留分の放棄は、被相続人の生前に行うことができますが、相続放棄は相続発生後でなければできないという違いもあります。
 

“遺言書の作成”も忘れずに

遺留分の放棄は、遺言書の作成とセットで行うのが原則と言えます。遺言書がなければ、相続人間の遺産分割協議で、相続発生後にどうにでも相続内容が変更できてしまうからです。
遺留分の放棄をしたい場合というのは、なんらかの理由で「法定相続とは異なる相続」を実現したい場合がほとんどです。実現したい相続がある程度定まっているのであれば、事前に有効な遺言書を作成しておくことで、将来の心配を減らすことができます。遺留分の放棄を検討している方は、遺言書の作成もあわせて行うようにしてください。

いずれにせよ、遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を得なければならないことや、相続人間の利害調整、合意形成など、様々なハードルがあり、素人だけでは難しい手続きでもあります。確実に遺留分の放棄を進めたい場合には、相続に強い専門家にしっかりと相談してアドバイスを受けることをオススメします。
 

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司法書士

平成17年司法書士試験合格
平成18年簡裁訴訟代理認定考査合格
資格試験予備校、都内司法書士事務所勤務を経てライト・アドバイザーズ司法書士事務所開設

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