
はじめに
前回に続いて、遺産分割における諸問題についてのまとめ解説の第8回目となります。
今回も、前回に引き続き、遺産分割協議の有効性が問題となる場合について解説いたします。
遺産分割協議が権利濫用や信義則等に反する場合
遺産分割協議も法律行為の一種であるため、その内容等について民法の一般条項が適用されます。すなわち、遺産分割協議の内容等が、信義則(民法第1条第2項)に反する場合、権利濫用(民法第1条第3項)に該当する場合、及び公序良俗(民法第90条)に反する場合には無効となります。
以下、遺産分割協議が民法の一般条項の適用によって無効とされた事例を紹介します。
(1) 信義則に反するとされた事例(不公平な方法による遺産分割協議)
共同相続人の1人及びその配偶者が、他の共同相続人らに対して遺産分割について一任する旨の書面を提出させたうえで、年長順に1人ずつを呼び出し、公平を欠く分割案を提示し、その場で相続財産を選択させた事例において、裁判所は、このような遺産分割協議は協議という名に値しない不公平なものであり、信義則に反するため効力を有しないと判示しました(大阪地裁平成8年2月20日判決)。
(2) 信義則に反し、かつ権利濫用に該当するとされた事例(第三者の信頼を裏切る遺産分割協議)
相続開始後遺産分割協議までの間に、共同相続人の一部が特定財産(畑地)に対する持分を第三者に譲渡したにもかかわらず、その後の遺産分割協議において、当該特定財産(畑地)を他の共同相続人の単独所有と決定した事例において、裁判所は、このような遺産分割協議は、当該特定財産(畑地)を譲り受けた第三者の信頼を著しく裏切る背信的所為ないし忘恩類似行為であり、また理念的に作為表示による禁反言の原則の適用を肯定できる一場合でもあり、なお当該特定財産(畑地)の分割取得によって当該共同相続人が享ける利益よりも同畑地を失うことによってその譲受人である第三者が被る損害の方が特段に大きいものというべきであるとして、当該遺産分割協議は信義則に反し、かつ権利の濫用に該当すると判示しました(大分地裁豊後高田支部昭和49年1月31日判決)。
(3) 公序良俗に反する事例
公序良俗とは、「公の秩序」と「善良の風俗」を合わせた概念で、社会的な妥当性を意味します。
遺産分割協議そのものについて公序良俗違反が認められた裁判例は不見当でしたが、①特定の相続人を完全に排除し、その生存権を脅かすような著しく不公平な遺産分割協議、及び②相続税の脱税や、生活保護の不正受給を目的として、実態とは異なる財産配分を装うような脱法目的の遺産分割協議等は、社会的な妥当性を欠くものとして公序良俗違反になる可能性が高いと考えられます。
遺産分割協議が詐害行為取消権によって取り消された場合
共同相続人が債権者を害する意図で、本来受領できる法定相続分を受領しない内容の遺産分割協議を行った場合、債権者はその部分の遺産分割協議に対して詐害行為取消権が認められる場合があります。
例えば、父親Aが死亡し(遺産は預貯金の1,000万円)、長男B(消費者金融に500万円の借金があり返済が滞っている)と次男Cが相続人の場合において、長男Bの相続分が消費者金融に差し押さえられるのを避けるため、「次男Cが1,000万円をすべて受け取る」という遺産分割協議をした場合、消費者金融は、詐害行為取消権を行使して、長男Bの遺産分割分をゼロとした部分を取り消すことができます。
(1) 詐害行為取消権とは
詐害行為取消権とは、債務者(例:借金がある人)が、自分の財産を減らして債権者(例:お金を貸している人)に返済できなくするような行為をした場合に、債権者がその行為を取り消して財産を取り戻すことができる権利です(民法第424条)。
(2) 遺産分割協議に対する詐害行為取消権
民法第424条2項では「財産権を目的としない行為」は詐害行為取消権の対象外とされていますが、判例は遺産分割協議を「財産権を目的とする法律行為」と位置づけ、遺産分割協議に対する詐害行為取消権を認めています。
その理由として、「遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させるものであり、その性質上、財産権を目的とする法律行為であるということができるから、共同相続人の間で成立した遺産分割協議は、詐害行為取消権行使の対象となりうるものと解するのが相当である。」と判示しています(最高裁平成11年6月11日判決)。
(3) 相続放棄に対する詐害行為取消権
上記のとおり、判例は遺産分割協議については詐害行為取消権の対象となり得るとしていますが、相続放棄については詐害行為取消権の対象とならないとしている点には注意が必要です。
その理由として、「詐害行為取消権行使の対象となる行為は、積極的に債務者の財産を減少させる行為であることを要し、消極的にその増加を妨げるにすぎないものを包含しないものと解するところ、相続の放棄は、相続人の意思からいっても、また法律上の効果からいっても、これを既得財産を積極的に減少させる行為というよりはむしろ消極的にその増加を妨げる行為にすぎないとみるのが、妥当である。また、相続の放棄のような身分行為については、他人の意思によってこれを強制すべきでないと解するところ、もし相続の放棄を詐害行為として取り消しうるものとすれば、相続人に対し相続の承認を強制することと同じ結果となり、その不当であることは明らかである。」と判示しています(最高裁昭和49年9月20日判決)。
以 上









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