第4回 認知症と相続

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佐久間 寛

2019-06-18

第4回 認知症と相続

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「母親が認知症を患っているのですが…相続対策はどうしたらよいでしょうか?」
最近、そういったご相談をよく受けます。
日本の超高齢化社会(総人口のうち65歳以上の高齢者が占める割合が21%を超えた社会)に伴い、認知症高齢者が急増し、大きな社会問題となっていることはご承知のとおりです。
認知症患者数は、2025年には700万人(65歳以上の5人に1人)にまで増加する見込みとも言われています。
認知症とそこから発生する様々な問題については、もはや他人事ではなく、身内でも起こりうることとして認識しておかなければなりません。
今回は、そんな認知症と相続の問題について、成年後見制度も交えながら見てみましょう。 

被相続人が認知症の場合

認知症になってしまうと、非常に多くの問題が発生します。
例えば、自分自身で介護施設への入居手続きができなくなったり、必要なお金を用意するために定期預金から普通預金に振り替えたり、不動産を売ることも貸すこともできなくなってしまいます。

「母親が認知症を患っているのですが、相続対策はどうしたらよいでしょうか?」
答えとしては・・・
「残念ながら、これからできる相続対策はなかなかありません。」 

認知症になると相続対策が対処不能に陥る

相続対策の主な手段としては次のようなものがありますが、認知症になるとこれらすべての対策ができなくなります。
“法定後見制度による成年後見人を選任したとしても”です。
成年後見制度は判断能力が不十分になった人の財産や権利を保護するための制度であることを念頭に置いて見てみます。 

a.生前贈与

生前に自分の財産を家族に移転させることで相続財産をできる限り減らして相続税を引き下げます。
贈与税には年間110万円の基礎控除や相続時精算課税制度、配偶者の税額軽減など贈与税を低く抑えることができる制度があるため、これらを効率的に活用することで、贈与税の発生を最小限に抑えつつ、相続税を効率的に節税することができます。 

成年後見人がいても生前贈与はできない?

成年後見制度は、本人(被後見人)の財産・権利の保護を目的とする制度です。
これに対し、生前贈与は本人の財産を「減らす」行為に該当します。
贈与とは、売買と違い無償で財産を譲ることですから、被後見人である本人の基準で考えると、生前贈与をすることは一切利益がありません。
成年後見人は財産を管理しますが、好き勝手にできるわけではなく、その事務については、家庭裁判所に定期的に報告し、家庭裁判所の監督を受けることになります。
その際に、本人の財産管理状態を細かく報告しなければならないため、勝手に本人の財産を生前贈与により移転することはできません。 

b.生命保険契約

相続税の納税資金対策として生命保険の死亡保険金を活用する手段がありますが、認知症になると成年後見人がいたとしても生命保険契約を結ぶことが難しくなります。
成年後見制度は「本人の利益になるかどうか」という観点から裁判所が監督しますから、“相続人のため”となる納税資金対策としての生命保険契約は認められない可能性が高いのです。 

c.養子縁組

養子縁組をすることで、相続税の基礎控除額の計算において、実子がいない場合は養子2人まで、実子がいる場合は養子1人までの分の基礎控除枠を増やすことができます。
ただ、養子縁組は本人の身分に変動が生じる行為であり、本人の意思が最大限尊重されるべき事柄のため、成年後見人といえども代理権や同意権がなく、本人の意思に基づいて行う必要があります。認知証であれば、本人の意思能力が乏しくなるので、養子縁組による相続対策もできなくなります。

このように相続対策のうえで、非常に重要となる3つの対策すべてが実施不能に陥るため、相続対策を考えている人は、自分自身の意識がはっきりしているうちから実施していくことを心がけましょう。
その家族の人も、両親が認知症などにかかってしまうと相続対策ができなくなるということを問題点として認識しておく必要があります。
相続対策という視点では、被相続人が認知症になってしまうと成年後見人を選任するメリットは何もないということになります。

任意後見制度や家族信託の活用によって、生前贈与や財産処分などについて事前に本人の意思による対策を打つことも可能ですが、ここでもやはり遺言書を作成しておくことが非常に重要だということは言うまでもありませんね。 

遺言書に関するトラブルも起こりうる

被相続人が認知症の場合に問題となりやすいのが、遺言書に関するトラブルです。
例えば、相続人である兄弟がいて、兄に多くの財産を遺すことを記した父の遺言書があるとします。
これを弟が不服として、父(被相続人)の認知症を理由に、その遺言書の無効を主張するようなことになると話が複雑になります。
“遺言書を作成した時点で、正常な判断能力を有していたかどうか”
その判断は、医師に認知症と診断される前か後かといった単純な話では済まないことでしょう。
もちろん、正常な判断能力を有するときに作成された遺言書であることが明らかであれば、後に認知症になったとしても、その遺言書の有効性に疑いはありません。
効力のある遺言書を残すためには、遺言をするときにきちんとした判断能力がなければなりません。
ちなみに逆にいうと、きちんとした判断能力があれば、認知症を患い、被後見人となった人でも遺言書を残すことは可能です。
ここでいう「判断能力がある」とは、医師2人以上が立ち会い、遺言をするときに本人に判断能力があったことを遺言書に記載、署名、押印することで証明されます。[S1]
無用なトラブルを避けるためにも、本人(被相続人)が元気なうちに遺言書を作成しておくべきです。
[S1]こちらは「被後見人」が遺言を残す場合の規定となりますので、被後見人を前提とさせて頂いております(民法973条)

相続人が認知症の場合

もし相続人に認知症の人がいたら・・・
被相続人だけでなく、相続人が認知症を患ってしまうという可能性も大いにあります。
家族(相続人)の中に認知症と診断された人がいると、そのまま何もしなければ被相続人が亡くなった後の遺産分割協議を適切に行うことができません。
相続の際、被相続人が生前に遺言書を作成していれば、遺産分割は原則としてその遺言書のとおりになります。しかし、遺言書は必ずしも作成されているものではありません。むしろ作成されていないことがほとんどです。
遺言書が作成されていなかった場合、遺産分割は相続人全員参加による「遺産分割協議」にて決めなければなりません。相続人の一人が勝手に判断し、勝手に遺産を分割することは認められていません。そして、遺産分割協議は相続人が一人でも欠けていたら無効になります。
ここで注意したいのが、「相続人が欠ける」というのは、なにもその相続人が見つからないといったケースだけでなく、その相続人に判断能力が欠けている場合も指します。自らの意思で正常な判断ができないということは、自身が不利な条件で遺産分割協議をされていることすら分からないということです。かといって、その人を無視して遺産分割協議を進めていい決まりはありません。すべての相続人は平等に取り扱われるのが原則です。
よって、認知症など正常な判断ができない人は、遺産分割協議に参加できず、結果、遺産分割協議自体が進められなくなります。このまま遺産分割協議を進めてもすべて無効です。
なお、認知症の相続人に代わって他の相続人が遺産分割協議書に署名押印するなどの行為は、私文書偽造として犯罪行為にあたる恐れがありますので、くれぐれもこのような行為はしてはいけません。 

ここで成年後見人の登場

このような場合に必要になってくるのが成年後見人です。
成年後見人が本人の代わりに遺産分割協議に参加し、話し合いを進められるようになります。被相続人本人の同意は必要ありません。
成年後見人は、被後見人(正常な判断ができない人)の代わりに遺産分割協議に参加するだけではなく、ときには不利益を被らないように意見しながら財産を確保します。
成年後見人の選任手続きは、被後見人の住所地を所管する家庭裁判所にて行います。(手続きの詳細については、今回は割愛します。)
この際に注意しなければならないのが、同じ相続人という立場の人は、成年後見人になったとしても、遺産分割協議には参加できないという点です。すでに成年後見人を立てていても、その成年後見人が親族など同じ相続の当事者である場合も同様ですが、これらの場合には、特別代理人を立てる必要があります。
同じ相続の当事者が成年後見人として遺産分割協議に加われば「利益相反」が発生してしまう可能性があります。つまり、相続の当事者である成年後見人が自分の利益を優先し、被後見人が遺産を十分に受け取ることができない恐れがあるためです。このような不利益を避けるために、家庭裁判所に特別代理人の選任を申し立てます。(成年後見監督人がいれば、その成年後見監督人が代理人となるため特別代理人を立てる必要はありません。)
このように相続人が認知症になった場合には、日常のことだけでなく相続においても成年後見人の存在が欠かせなくなります。

被相続人・相続人が認知症になることによって起こりうる問題点を見てきましたが、いつ自分自身に振りかかってきてもおかしくありません。
生前にきちんと遺産分割の方法を決めておき、そのことを正式な遺言書を残すことで問題点やトラブルを回避することができます。皆さんもぜひ今一度、ご家族の方々と一緒に考えてみてください。 

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司法書士

平成17年司法書士試験合格
平成18年簡裁訴訟代理認定考査合格
資格試験予備校、都内司法書士事務所勤務を経てライト・アドバイザーズ司法書士事務所開設

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