はじめに
前回に続いて、遺産分割における諸問題についてのまとめ解説の第4回目となります。
今回も遺産分割の対象となる財産に該当するか否かについて、具体的にご説明いたします。
具体的検討(前回からの続き)
(9)生命保険金(死亡保険金)
生命保険契約とは、保険会社が、被保険者の死亡という保険事故が発生したことを条件として、保険金受取人に対し、保険契約に従った一定の保険金を支払うことを約し、保険契約者がこれに対して保険料を支払うことを約する契約をいいます。
生命保険契約に基づく生命保険金(死亡保険金)請求権が相続財産に含まれるかどうかについて、判例は以下のとおり判示しています。
①保険契約者(被相続人)が自らを被保険者とし、特定の相続人を保険金受取人に指定した場合
この場合、判例は「保険金受取人としてその請求権発生当時の相続人たるべき個人を特に指定した場合には、右請求権は、保険契約の効力発生と同時に右相続人の固有財産となり、被保険者(兼保険契約者)の遺産より離脱しているものと言わなければならない」と判示しました(最高裁昭和40年2月2日判決)。
このように、保険契約者・被保険者である被相続人が、相続人中の特定の相続人を保険金受取人に指定した場合、その保険金請求権は保険金受取人に指定された特定の相続人の自らの固有の権利として取得することになり、保険契約者又は被保険者から承継取得するものではないため、相続財産に含まれません。その結果、保険金請求権は、遺産分割の対象とならないことになります。
なお、保険金請求権が相続財産に含まれない場合であっても、保険金請求権を取得した相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると判示した判例(最高裁平成16年10月29日決定)
がある点については注意が必要です。
②保険契約者(被相続人)が自らを被保険者とし、保険金受取人を単に「被保険者又は被保険者死亡の場合はその相続人」とのみ指定した場合
この場合は、上記①の場合と異なり、保険金受取人として特定人の氏名を挙げることなく抽象的に指定する場合になります。このような場合であっても、判例は、保険契約者の意思を合理的に推測して、被保険者死亡時において、保険金受取人を特定し得る以上、このような指定も有効であり、特段の事情がない限り、被保険者死亡時における相続人たるべき者個人を保険金受取人として特に指定したものと判示しました(最高裁昭和40年2月2日判決)。
よって、かかる場合においても、保険金請求権は、当該相続人の固有財産となり、相続財産に含まれないことになります。
また、上記のように指定された相続人が複数存在する場合において、当該相続人が取得する保険金請求権の割合について、判例は、特段の事情のない限り、かかる指定には、相続人が保険金を受け取るべき権利の割合を相続分の割合とする旨の指定も含まれているものと解するのが相当であると判示しました(最高裁平成6年7月18日判決)。
よって、保険金受取人である各相続人の権利の割合は、相続分の割合になります。
なお、かかる場合において、当該相続人が相続放棄をした場合にも保険金請求権を取得できるかについて、名古屋地裁平成4年8月17日判決は、死亡保険金請求権は被保険者の死亡により保険金請求権が発生した時点における第一順位の法定相続人が取得してその固有財産となったので、その後にその相続人が相続放棄をしたとしても後順位の相続人が保険金を取得することはないと判示しました。
③保険契約者(被相続人)が自らを被保険者とし、保険金受取人を指定しなかった場合
このように保険金受取人を指定しなかった場合について、判例は、「保険金受取人の指定のないときは、保険金を被保険者の相続人に支払う。」旨の条項は、保険金受取人を被保険者の相続人と指定した場合と同じになるので、当該相続人が固有の権利として取得することになると判示しました(最高裁昭和48年6月29日判決)。
よって、約款に「保険金を被保険者の相続人に支払う」旨の条項がある場合には、前述②の場合と同じになるため、保険金請求権は、当該相続人の固有財産として相続財産に含まれない、すなわち遺産分割の対象になりません。
④保険契約者(被相続人)が自らを被保険者及び保険金受取人とした場合
この場合、保険契約書の意思を合理的に解釈すれば、相続人を受取人とする黙示の意思表示があったと解するのが相当であり、被相続人死亡の場合、保険金請求権は相続人の固有財産として相続財産に含まれないと解されています。
(10) 金銭債務
①原則
金銭債務は、相続により当然に各相続人に相続分に応じて承継されるため、遺産分割の対象とはなりません。
②例外
(a)身元保証
判例は身元保証契約の相続性を否定しています。
(b)信用保証・根保証
判例は、継続的売買取引について将来負担する可能性がある債務についての責任の限度額並びに期間について定めのない連帯保証契約においては、通常の連帯保証契約の場合と異なり、その責任の範囲が極めて広範囲、また契約当事者の人的信用関係を基礎とするものであるから、かかる保証人たる地位は、特段の事由がない限り、当事者間に終始するものであり、保証人の死亡後に発生した主債務については、その相続人において当該保証債務を承継負担するものではないと判示しています(大審院昭和9年1月30日判決)。