前回の記事に引き続き、どのような財産が相続の対象になるのかをみていきます。今回は、近時、重要な判例変更があった、預貯金の取り扱いを見ていきます。
預貯金債権は相続財産?
CASE①
A男は90歳で死亡した。A男には法定相続人として妻B、子C、Dがいる。 A男には、遺産として、自宅土地建物のほか、2000万円の普通預金があった。
上記のようなCASEは、非常に一般的なものかと思います。
ここで、「普通の感覚」であれば、以下のように考えますよね、、、?
「A男が遺言を残していなければ、土地建物と2000万円の預貯金をどのように分けるかについて、妻B、子C、Dが話し合いをして決める(遺産分割協議)。」
ところが、つい最近まで、法的には、そのような回答は間違いだったのです(!)。
正解は、こちらです。
「A男が遺言を残していなければ、2000万円の預貯金は可分債権なので、A男の死亡と同時に、法定相続分に従って当然に分割される。すなわち、妻B1000万円、子C500万円、D500万円に当然に分割される。妻B、子C、Dは、残余の土地建物について、話し合いをして、遺産分割をすることになる。」
法律の専門家でもない限り、この説明は、意味不明だと思いますので、じっくり解説します。
まず、相続の世界では、遺言がない限り、相続人の間で遺産分割協議が必要になります。最も分かりやすいのが、不動産です。本件のようにひとつの土地建物しかない場合に、これが強制的にB:C:D=2:1:1の共有になるというのは、不便極まりないですよね。ほかにも、自動車、株券、骨とう品、、、基本的に、すべて、強制的な分割にはなじまず、話し合いによってその帰属が決められるわけです。
ところが、預貯金債権については、どうでしょうか?
預貯金債権は、2分の1にしろ、といえば、機械的に2分の1の金額にできます。3分の1でも、4分の1でも同じです。これを、法律上、「可分債権」といいます。「分ける」ことが「できる(可)」から、可分債権というわけです。
そこで、判例(最判昭和29年4月8日民集8巻4号819頁)は、古くから、預貯金債権は、可分債権だから、そもそも相続人間で話し合う必要もなく、法定相続分に従って各人に帰属する、としていたのです。
例外
CASE②
CASE①で、妻B、子C、Dが、2000万円の預貯金を遺産分割協議の対象とすることに合意していた場合はどうか。
上記のように、古い判例は、現在の常識で考えると「?」というルールを採用しましたが、他方で、古い判例のもとでも、法定相続人の間で、預貯金債権を遺産分割協議の対象にすることについて同意ができたCASE②のような場合は、例外的に、遺産分割協議の対象に加えることが認められていました。
しかし、、、
CASE③
CASE②で、Dが難くなに預貯金債権を遺産分割協議の対象に加えることを拒絶した場合はどうか。
CASE③のように、ひとりでも預貯金債権を遺産分割協議の対象に加えることに反対した場合には、遺産分割協議の中で預貯金債権の帰属や分け方を話し合うことができなくなってしまうのでした。
「最大決平成28年12月19日 」
このように、これまでの判例はあまりにも常識と乖離したものであったため、ようやく、平成28年12月19日の最高裁決定(以下「平成28年決定」といいます。)で、従来の判例が変更され、預貯金債権も相続財産に含まれることになりました。
ただし、ありとあらゆる預貯金債権が相続財産に含まれるかは、はっきりしません。少し長くなりますが、平成28年決定を引用します。
「普通預金契約及び通常貯金契約は,一旦契約を締結して口座を開設すると,以後預金者がいつでも自由に預入れや払戻しをすることができる継続的取引契約であり,口座に入金が行われるたびにその額についての消費寄託契約が成立するが,その結果発生した預貯金債権は,口座の既存の預貯金債権と合算され,1個の預貯金債権として扱われるものである。また,普通預金契約及び通常貯金契約は預貯金残高が零になっても存続し,その後に入金が行われれば入金額相当の預貯金債権が発生する。このように,普通預金債権及び通常貯金債権は,いずれも,1個の債権として同一性を保持しながら,常にその残高が変動し得るものである。そして,この理は,預金者が死亡した場合においても異ならないというべきである。すなわち,預金者が死亡することにより,普通預金債権及び通常貯金債権は共同相続人全員に帰属するに至るところ,その帰属の態様について検討すると,上記各債権は,口座において管理されており,預貯金契約上の地位を準共有する共同相続人が全員で預貯金契約を解約しない限り,同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るものとして存在し,各共同相続人に確定額の債権として分割されることはないと解される。そして,相続開始時における各共同相続人の法定相続分相当額を算定することはできるが,預貯金契約が終了していない以上,その額は観念的なものにすぎないというべきである。預貯金債権が相続開始時の残高に基づいて当然に相続分に応じて分割され,その後口座に入金が行われるたびに,各共同相続人に分割されて帰属した既存の残高に,入金額を相続分に応じて分割した額を合算した預貯金債権が成立すると解することは,預貯金契約の当事者に煩雑な計算を強いるものであり,その合理的意思にも反するとすらいえよう。」
「定期貯金の前身である定期郵便貯金につき,郵便貯金法は,一定の預入期間を定め,その期間内には払戻しをしない条件で一定の金額を一時に預入するものと定め(7条1項4号),原則として預入期間が経過した後でなければ貯金を払い戻すことができず,例外的に預入期間内に貯金を払い戻すことができる場合には一部払戻しの取扱いをしないものと定めている(59条,45条1項,2項)。同法が定期郵便貯金について上記のようにその分割払戻しを制限する趣旨は,定額郵便貯金や銀行等民間金融機関で取り扱われている定期預金と同様に,多数の預金者を対象とした大量の事務処理を迅速かつ画一的に処理する必要上,貯金の管理を容易にして,定期郵便貯金に係る事務の定型化,簡素化を図ることにあるものと解される。
郵政民営化法の施行により,日本郵政公社は解散し,その行っていた銀行業務は株式会社ゆうちょ銀行に承継された。ゆうちょ銀行は,通常貯金,定額貯金等のほかに定期貯金を受け入れているところ,その基本的内容が定期郵便貯金と異なるものであることはうかがわれないから,定期貯金についても,定期郵便貯金と同様の趣旨で,契約上その分割払戻しが制限されているものと解される。そして,定期貯金の利率が通常貯金のそれよりも高いことは公知の事実であるところ,上記の制限は,預入期間内には払戻しをしないという条件と共に定期貯金の利率が高いことの前提となっており,単なる特約ではなく定期貯金契約の要素というべきである。しかるに,定期貯金債権が相続により分割されると解すると,それに応じた利子を含めた債権額の計算が必要になる事態を生じかねず,定期貯金に係る事務の定型化,簡素化を図るという趣旨に反する。他方,仮に同債権が相続により分割されると解したとしても,同債権には上記の制限がある以上,共同相続人は共同して全額の払戻しを求めざるを得ず,単独でこれを行使する余地はないのであるから,そのように解する意義は乏しい。」
「前記・・・に示された預貯金一般の性格等を踏まえつつ以上のような各種預貯金債権の内容及び性質をみると,共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は,いずれも,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。」
ここでは、普通預金と、郵便局の普通貯金、定期貯金について、相続財産に含まれる、という判断がされているに過ぎず、それ以外の預貯金債権がどのように取り扱われるのか、判然としません。
次回は、もう少しこの問題を掘り下げて検討していきます。
以上
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