借金の相続放棄 知ってから3カ月以内なら可能
叔父が残した債務を、相続放棄しないまま父親が死亡し、その債務を引き継ぐ形になった子どもはいつまでに相続放棄をすれば返済を免れることができるのか。
知らない間に、疎遠な親族の借金を相続することになり、トラブルに発展する事例が争われた訴訟の上告審判決で最高裁は2019年8月9日、「子ども自身が債務の相続人になったと知ってから3カ月の間に放棄すればよい」との初判断を示しました。
今回の判決は、相続実務や債権回収現場に一定の影響を与えることになりそうです。
とても重要な「熟慮期間」と、事例が増えてきた「再転相続」
民法は、自分に相続の開始があったことを知ったときから3カ月以内の「熟慮期間」に、相続を放棄するか決めなければならないとしています。
これまでは、叔父が残した債務についても、「父親が死亡したとき」を熟慮期間の起算点とする法解釈が有力とされてきましたが、最高裁は「親族の債務も相続していたことを知らないまま熟慮期間が始まるのは、相続財産を引き受けるのか、放棄するかを選ぶ機会を保障する民法の趣旨に反する」と指摘。相続放棄は有効との判断を示しました。
今回は、叔父の債務を相続する立場にあった父親が、相続を放棄するかを判断しないまま熟慮期間中に死亡し、子どもが判断する権利を引き継ぐ「再転相続」と呼ばれるケースで、訴訟では熟慮期間の起算点が争点になっていました。
判決によると、原告の女性は2015年11月、不動産競売(※下記参照)の強制執行の通知を受け取り、父親が叔父から多額の債務の相続人になったことを知ったとのこと。
債務を抱えた叔父は2012年6月に死亡、叔父の子どもらが同9月に相続放棄したため父親が相続人となりました。父親が相続放棄しないまま熟慮期間中の同10月に死亡し、原告の女性が再転相続人となっていました。
女性は債務を把握してから3カ月以内の2016年2月に相続放棄を申し立て、不動産競売の強制執行をしないよう求めて提訴。債権回収会社側は熟慮期間を過ぎたあとの相続放棄は無効と主張しましたが、1審地裁、2審高裁はいずれも相続放棄を有効と認め、原告の女性が勝訴しており、債権回収会社が上告していました。
最高裁は、相続放棄は無効とした債権者の上告を棄却。裁判官4人全員一致の結論でした。
裁判長は「民法は、二次相続人の認識に基づき、一次相続を承認または放棄する機会を保障している」と指摘したうえで、3カ月の起算点について、「承認、放棄しなかった相続の相続人としての地位を承継した事実を知ったとき」と判示。女性が不動産競売の通知を受けたときを起算点とし、父親の死後3年以上経過してから行われた相続放棄を有効と結論付けました。
大都市圏への人口流入が進んで家族関係が希薄化する中、知らないうちに親族の債務を相続していたとの事例も増えているとみられ、最高裁が時代に沿った法解釈で同種事例の救済を図ったと言えます。
不動産の競売とは
不動産競売とは、債務者から債権の返済を受けられなくなった債権者が、債務者(今回の事例では原告の女性)が所有する不動産などを裁判所の管理下で強制的に売却し、その売却代金から債務の支払いを受ける手続きです。
具体的に次のような場合に競売は行われます。
■住宅ローンが返済できなくなったとき
■不動産を担保にして借りたお金を返せなくなったとき
裁判所を介して売却する不動産物件を競売物件といいます。
競売物件の購入は入札により、誰でも自由に参加することができ、購入希望者が一定期間内に裁判所に対して入札をします。入札をした人の中で、一番高い価額をつけた人が落札者となります。落札者は、裁判所が指定した期日までに代金を納めれば、裁判所の職権により所有権を取得することができます。
さて、債務を返済するためとはいえ、
・相場の価格の70%程度の安い価格でしか売れない
・そのため、競売で家を失ってもまだ借金が残ることもある
・競売にかかると、不動産業者が隣近所に聞き込みを行ったりチラシを入れたりするので、経済的な事情(プライバシー)を知られてしまう
といった大きなデメリットがあります。
しかも、債権者が得をするかといえば、そうではありません。上述のとおり、競売では相場に比べて非常に安くしか売れないうえ、競売を申し立てるための費用もかかるため、せっかく手間をかけて競売を行っても、全額回収できないというデメリットもあります。
つまり、競売は債権者・債務者の双方にとって決して良いとはいえない解決方法なのです。
相続人たる子の利益を重視した判決
相続財産を調査するにあたっては、特に債務の把握が困難になることがあります。親族の債務を知るきっかけがなかった子(今回の事例では原告の女性)の落ち度は小さく、子の利益を重視した判決であると言えます。
親族関係が希薄化する中、熟慮期間の起点を柔軟に捉えた判断だと思いますし、知らないうちに相続人になっていたようなケース(中には親の死すら知らなかったという事例もある)において、相続放棄できる幅がより広がっていくことでしょう。