前回に引き続き、「特別受益」の制度について見ていきます。
<ご参考>
第22回 特別受益②(2020.1.21)
第21回 特別受益①(2020.1.14)
今回は、実務上問題となることが多い「持戻し免除の意思表示」について解説します。
持戻し免除の意思表示って何?
~CASE①~ 被相続人Aには法定相続人として子B、Cがいる。Aは10年前に持病が悪化して左半身が思うように動かなくなり、それ以来、BがAと同居して、身の回りの世話をしてきた。 Aには、遺産として預貯金3000万円と4000万円相当の自宅土地建物があるが、Aは、Bに対する感謝の気持ちを込めて、自筆証書遺言を作成し、自宅土地建物をBに遺贈する旨遺言に記載した。 Aが死亡し、BC間で遺産分割協議が始まったところ、Cは、Bだけが自宅土地建物をもらうのは不公平であり、自宅土地建物の遺贈は特別受益に該当すると主張している。
前回までに解説してきた特別受益制度の内容に照らすと、自宅土地建物の遺贈が特別受益に該当するというCの主張が認められそうです。
他方で、CASE①の事実関係に照らして一般的に考えると、自宅土地建物を遺贈したAとしては、自分の死後これが特別受益として取り扱われることを望んではいない(10年間身の回りの世話をしてくれたBに対する感謝の気持ちを込めて自宅土地建物を遺贈している)ようにも思われます。
ここで登場するのが、「持戻し免除の意思表示」です。
まずは民法の条文を確認しましょう。
(特別受益者の相続分)
第九百三条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
3 被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。
「持戻し免除の意思表示」について規定されているのは、903条3項です。
特別受益があった場合は、原則として特別受益を合算してみなし相続財産が算出されるが(1項)、被相続人が、特別受益分を合算する必要がない=特別受益分は終局的に受益者のものにするという意思表示をした場合には、被相続人の意思が優先される、という意味です。
持戻し免除の意思表示が認められるのはどのような場合?
~CASE②~ (1)CASE①で、Aが自筆証書遺言に「自宅土地建物の遺贈については、持戻し免除の意思をここに表明する。B・Cは私の死後、特別受益について争うことのないように。」と記載されていた場合はどうか。 (2)上記(1)のような記述が一切なかった場合はどうか。
(1)のような記載が遺言にあった場合は、Aの持戻し免除の意思表示は明確であり、裁判所においても、持戻し免除の意思表示が認められるでしょう。
では、(2)のように、遺言にはっきりとした記載がなかった場合はどうなるのでしょうか?
この点、実務上、持戻し免除の意思表示は、明示がなくとも、諸般の事情を考慮して、持戻し免除の意思表示が推認される場合には、「黙示の」持戻し免除の意思表示が認められます。
諸般の事情としては、具体的には、贈与の内容及び価額、贈与がされた動機、被相続人と受贈者である相続人及びその他の相続人との生活関係、相続人及び被相続人の職業、経済状態、健康状態、他の相続人が受けた贈与の内容、価額等が考慮されるものと解されています。
CASE②(2)においては、Bが10年来にわたりAの看護をしてきた、いわば見返りとして自宅土地建物が遺贈された反面、Cは特にAの看護に携わっていなかったという事情から、黙示の持戻し免除の意思表示があったものと考えることは十分に可能でしょう。
以上のことからも分かるとおり、被相続人が生前に遺言を作成する場合は、遺贈の内容に応じて遺言中に、持戻し免除の意思表示を明確に記載しておくことが、後の紛争を防ぐ手立てとなるでしょう。
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