相続人が認知症
<ケース>
・夫が他界。遺言は作成していない。
・相続人は妻、長男、次男の3人。
・妻は認知症で介護施設に入所中。長男、次男の名前も分からないほど認知症が進行。
・相続財産は、預貯金と夫が一人で住んでいた自宅マンション。長男、次男はそれぞれ妻子がおり、自宅も所有している。
ケースをもとに考えてみましょう。
まず、遺言がなければ、相続人全員で遺産分割協議(夫の財産を誰がどのように相続するかの話し合い)のうえで、遺産分割協議書を作成しなければなりません。
遺産分割協議書がなければ、被相続人名義の金融資産の払い戻しや不動産の名義変更(いわゆる相続登記)は原則できません。不動産の名義が変更できないとなれば、自宅マンションを売却したり、賃貸に出すこともできません。
遺産分割協議は法律行為
さて、遺産分割協議は、相続財産の帰属先を確定させるための法律行為であり、その協議によって作成する遺産分割協議書は法律文書といえます。相続人全員が遺産分割協議に参加し、協議書に署名捺印しなければなりませんし、各人の意思能力があることが大前提です。つまり、意思能力がない人を除外した遺産分割協議や意思能力がないまま参加させて作成した遺産分割協議書は無効になります。
ケースでは、妻は息子の名前も分からないほど認知症が進行しており、意思能力があるとは到底言えません。妻を除いて、長男と次男だけで遺産分割協議をすることはできませんし、長男と次男が勝手に遺産分割協議書を作成して、妻になりすまして署名捺印することは私文書偽造に該当したり、それをもって相続登記(不動産の名義変更)までおこなったということになれば、登記を偽ったということで電磁的公正証書原本不実記録罪という刑法上の罪にも該当する可能性もある、いわば犯罪行為です。
遺産分割協議や相続登記をどう進めていくのか
意思能力がない人は遺産分割協議に参加することはできないため、協議を進めていくにあたっては、法定代理人として成年後見人を選任してもらう必要があります。成年後見人の選任は家庭裁判所によって判断されますが、相続人にあたる親族は、遺産分割協議にあたり他の相続人との間で利益相反に該当するという面もあるため、成年後見人に選任される可能性は低く、弁護士や司法書士といった法律の専門家が選任されることが多いのが実情です。たとえ、相続人にあたる親族が成年後見人に以前から選任されていたとしても、遺産分割協議において代理人になることはできず、家庭裁判所で特別代理人を別途選任してもらう必要があります。結局は家庭裁判所の管理下に置かれることになるのです。
成年後見人(成年後見監督人を含む)や特別代理人が選任された場合、その報酬も必要になるうえに、すべてが家庭裁判所の管理下に置かれるため、生前贈与や不動産の売却など相続に関する生前対策は何もできなくなるとお考えください。
一方で、遺言や遺産分割協議がなくても(できなくても)、成年後見人を選任せずに、相続登記等を進める方法はあります。それは、法定相続分どおりに遺産相続をすることです。
今回の事例でいえば、妻が2分の1、長男と次男がそれぞれ4分の1の割合で相続することで、遺産分割協議を経ることなく相続登記をすることもできるのです。
とはいえ、不動産の名義が共有名義となってしまうことはオススメできません。共有名義の所有者の相続が発生するたびに所有権がどんどん分散していくことになりかねないためです。所有者が増えると、そのうちの誰か一人でも反対すると、処分(売却等)ができなくなってしまうといった弊害も出てきます。
遺言はやっぱり大切
上記の問題点や負担を回避するための唯一の手段はお分かりになりますよね。
遺言です。
遺言があれば、相続人が認知症などで意思能力がなくても、遺言どおりに遺産分割を進めることができるのです。
コロナ禍で遺言や生前対策に関するご相談が非常に増えています。少しでも不安に感じることがあれば、専門家への相談など、早めに行動に移すことをオススメいたします。