遺産を巡っての争いはあちらこちらで起きていますが、最近、以下のような内容のご相談が立て続けに舞い込んできました。
相続人の一人が、遺産分割について相続人間で話し合いをしようとせず、自分で調べた故人の遺産を開示することもせずに、相続の手続きを勝手に一人でどんどん進めていくのです。そんな身勝手相続人が決まって言う言葉が
「ここ(※)に名前を書いて、実印を押して!」とか「税理士のところに書類(※)があるから、そこに行って印鑑(実印)を押してきて!」
(※)「ここ」や「書類」というのは、身勝手相続人が準備した金融機関の相続届出書類や遺産分割協議書でほぼ間違いありません。
そして、「いろんな手続きにみんなの戸籍謄本と印鑑証明書が必要だからちょうだい!」と求められます。
「役所や銀行での手続きに必要なのだろう…」と内心で思いつつ、詳しいことは分からず(聞いても誤魔化されて)言われるがままに署名して実印を押印…
その後、日が経つにつれ、「遺産分割や相続税の申告はどうするのだろう…」そんな心配が相続人の間で広がり始めます。そして気付きます。
遺産の大半あるいは全財産を、身勝手相続人が相続したことになっており、相続税の申告をはじめ、預貯金口座の解約や不動産の名義変更がすでに完了していたのです。(あるいは、まさに、なされようとしているところでした。)
遺産分割協議を進めるにあたり、仲の良し悪し、全員で集まって話し合いができる環境か否か、などそのご家庭によって進め方はそれぞれです。遺産分割協議書は、“被相続人の財産を誰がどのように相続するかを記し、相続人全員の署名と実印を押したもの”です。それに基づいて、税理士は相続税の申告を進め、法務局は相続登記(不動産の名義変更)、金融機関は口座の解約や名義変更を受け付けてくれます。
つまり、遺産分割協議に全員が納得したという証である遺産分割協議書、そこに押した実印の印鑑証明書、そして戸籍謄本、これが身勝手相続人の手に渡ってしまうと、相続税の申告、預貯金口座の解約、不動産の名義変更など相続の手続きができてしまいます。(他にもたくさん必要書類はありますが、身勝手相続人が一人で集めてしまうことができるものばかりです。)
そんなことになっているとも知らず、気付いてから「何も聞いてない!」「財産がどれだけあるのかも知らされていない!」「(身勝手相続人が)全財産を相続するなんてことは一度も話し合っていないし納得できない!」などと言っても、
肝心の遺産分割協議書には、自分で名前を書いて、実印まで押してしまっています。書面上では「納得した」ことになっているのです。こうなってしまっては、よほどの事情がない限り、“なかったことに”ということにするのは困難です。
もはや“泣き寝入りする”か“弁護士を立てて争うか”の二者択一です。どちらを選択するにしても納得のいく結末を迎えることはないでしょう。
遺産分割の内容に納得できないのであれば、絶対に協議書に押印してはいけません。また、詳しい説明も受けないまま、書類に大切な実印を押したり、戸籍謄本や印鑑証明書を渡したりすることもダメです。
「とりあえず」とか「言い返せない、断れない」からといって、言われるがままにしてしまうと取り返しのつかないことになってしまいます。
遺産分割協議がまとまらず、相続税の申告期限に間に合わない場合は、
仮に法定相続分で相続するものとして、概算で申告・納税をしておき、協議がまとまり次第、修正申告・納税(還付)するという手続きも認められています。
そこから何年も協議が長引くこともありますが…「間に合わないから」という理由で、納得できないまま強引に押し切られることはないようにしましょう。