第60回 遺言書の偽造について(その①)

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益子 真輝

2023-04-25

第60回 遺言書の偽造について(その①)

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1 概要

今回は、自筆証書遺言の偽造について解説します。
そもそも、遺言書には、公正証書遺言や、自筆証書遺言などがあります。自筆証書遺言とは、遺言者が遺言書の全文、日付及び氏名を自分で書き(自書)、押印して作成する方式の遺言です(ただし、財産目録については自書によらない方法もあります)。一方、公正証書遺言とは、遺言者が遺言の内容を公証人に伝え、公証人がこれを筆記して公正証書による遺言書を作成する方式の遺言です。
また、相続人が遺言書を「偽造」することは、相続欠格事由に該当するため、当該相続人は、相続人となることができず、最低限の取り分である遺留分も含め、相続財産を一切受け取ることができません。

2 自筆証書遺言が偽造であるか否かの判断方法

自筆証書遺言が偽造であるか否かを判断する際には、例えば、①筆跡の同一性、②遺言者の自書能力の存否及び程度、③遺言書それ自体の体裁等、④遺言作成の動機、作成経緯、遺言者と相続人・受贈者との人的関係及び遺言の保管状況などを考慮するとされています。もっとも、常にこれらの事情がすべて考慮されるわけではなく、事案に応じて判断されることになります。

①筆跡の同一性について
自筆証書遺言の筆跡と、過去に遺言者が作成した日記やメモ、そのほか筆跡鑑定の対象となりそうな文書を比較することになります。

②遺言者の自書能力の存否及び程度
自書能力とは、遺言者が文字を知り、かつ、これを筆記する能力をいいます。例えば、遺言書を作成した当時、遺言者の手が震えていたことや、握力が極端に弱く筆記用具が持てない等の事情がある場合には、文字を筆記する能力がないとして自書能力がないことになります。これらについては、医療記録や介護記録などを確認することが想定されます。

③遺言書それ自体の体裁等
 遺言書の体裁に不審な点がないかなどを確認します。

④遺言作成の動機、作成経緯、遺言者と相続人・受贈者との人的関係及び遺言の保管状況など
遺言作成の動機、作成経緯、遺言者と相続人・受贈者との人的関係及び遺言の保管状況などに不審な点がないかなどを確認します。

3 裁判例

上記内容を踏まえて、実際の裁判例を確認してみましょう。
今回ご紹介するのは、東京地判平成9年2月26日・判例時報1628号54頁です。遺言者は「花子」(平成元年3月31日死亡。)と表記し、「花子」の旦那さんを「太郎」(昭和45年3月21日死亡)と表記します。太郎さん自身は、花子さんよりも先に亡くなっているので、本件とは直接の関係はありません。
事案の概要としては、原告Xら(太郎・花子の長女及び三女)が、被告Y(太郎・花子の次女)に対して、平成元年3月22日付遺言書を偽造したとして、当該遺言が無効であること、及び、被告には相続権がないことを求めました。

①遺言者の自書能力の存否及び程度などについて

裁判所は、花子さんは「昭和六一年三月ころから・・・・・・隣人にピストルで狙われていると言っては一日に何度も一一〇番通報をしたり、大量の蕎麦の出前を注文したりするなどの異常行動を取るようになり、最初の入院先である上相原病院では対処できず、わずか入院二日後に滝山病院の精神科に転院させられている」ことなどを認定しました。また、「当時の主治医も「普通のことは分かるが、管理能力や金銭感覚はだめ」と診断したことも認定しました。さらに、遺言書の作成日の前日(平成元年3月21日)において、花子は、「既にこんこんと眠っているだけの状態であり、到底会話などの意思表示ができるような状態ではなかった」としました。
その上で、裁判所は、「遺言書の作成日は、花子が癌により死亡するわずか10日前であることを併せ考えると、同人は右当時右遺言書を少なくとも同遺言書に記載されているような力強い字で作成し得る状態ではなかったと推認するのが合理的というべきである。」と判示しました。

②遺言書それ自体の体裁について

裁判所は、「事柄の性質上、相続財産の処分に関する遺言書の作成に当たっては、その旨の明確な意思表示を現す形式ないし表現が採られるのが通常であるところ」、本件「遺言書をこの面から検討してみると、右遺言書とされる文書には「遺言書」という表題は付されておらず、その内容も「財産は全部Yへ」といった曖昧な文言が記載されているにとどまっていること、封筒に入れる等特別の文書として取り扱われているものでもなく、単に書き損じの手紙等が残された便箋に綴じ込まれたままにされていたと判示しました。その上で、平成元年3月22日付遺言書について、これを確定的な遺言書とする意思をもって作成されたものと認めることは困難であるとしました。

③遺言者と相続人・受贈者との人的関係について

裁判所は、被告Yは「太郎の遺産分割の一件で相当に花子の不興を買っていたこと、同人は東大病院を退院後、被告の配慮で被告宅でしばらく療養することとなったがその滞在は長くは続かず、わずか二か月ほどで自宅に戻っており、また、被告宅で療養していた間も、鍵がなくて自宅に入れないと言って甲田産業に助けを求めに来たこと」と判示しました。それらの事情から、裁判所は、「花子が被告に対してさほどの信頼を置いていなかったことが明らかというべきである。」とし、花子が、平成元年3月22日付遺言書のような内容の遺言書を作成するとは考えられないと判断しました。

まとめ

これらの事情を踏まえて、裁判所は、花子さんの平成元年3月22日付遺言書は無効と判断しました。
それのみならず、裁判所は、被告Yが、当該遺言書を「偽造」したことも認定し、被告Yは、花子さんの相続人となることができず、同人の相続財産につき何ら相続権を有しないものとしています。

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益子 真輝

同志社大学法学部法律学科卒業
神戸大学法科大学院修了

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