第54回 遺産分割前の預貯金の払い戻し

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熊本 健人

2022-05-27

第54回 遺産分割前の預貯金の払い戻し

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今回は、遺産分割前の預貯金の払い戻しについて、判例の変遷、金融機関の実務上の対応、相続法の改正により新たに設けられた条文に触れながら解説していきます。

<CASE>
 Aが突如亡くなった。相続人であるB、C、Dの遺産分割協議は未了である。もっとも、Aと同居していたBは、Aの葬儀費用等をAの預貯金から引き出して捻出したいと考えている。Aは、X銀行に180万円、Y銀行に240万円、Z銀行に1200万円の預金がある。B、C、Dの法定相続分はBが2分の1、CとDが各4分の1ずつである。

従来の判例

Bが葬儀費用を事前に準備できていればよいのですが、人は突然亡くなることもありますので、そういうわけにもいきません。葬儀費用だけでなく、家の退去費用、通院先の診療費、相続税など、少額とは言えない支払いが発生します。このような場合、相続人らは、被相続人の預貯金を勝手に引き出し、これらの費用を捻出してもよいのでしょうか。

従来の判例では、被相続人が有していた可分債権は当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継すると考えられていました(最判昭29・4・8判タ40・20)。この判例の考え方に基づき、預貯金についても、可分債権であることから、相続開始と同時に各共同相続人が相続分に応じて当然に承継すると考えられてきました(最判平16・4・20判時1859・61)。
このような考え方によると、預貯金の債権は当然に分割されるため、相続人らは、自身の法定相続分に従って、金融機関に対し、払い戻しの請求ができることになりそうです。
もっとも、金融機関としては、1人の相続人の払戻請求に応じてしまうと、事後的にトラブルに巻き込まれてしまうリスクがあります。そこで、相続人の1人が払戻請求を行おうとしても、相続人全員の署名又は押印のある払戻請求書や印鑑登録証明書等の提出を求めることが一般的でした。そのため、他の相続人の協力を得られない場合には、やむなく金融機関を相手に自身の相続分に応じた払戻請求訴訟等を提起せざるを得ませんでした。

新たな判例の登場

このような中、平成28年に新たな判例が出ました(最判平・28・12・19)。この判例では、先ほど述べた平成16年の判例を変更し、預貯金債権は「相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となる」旨判示され、遺産分割を経ずに、相続分に応じて相続人に当然に分割承継されるとの考えが否定されました。この判例によって、遺産分割を行う前に、各相続人が個別に相続分に応じて払戻請求を行うことはできなくなりました。
その後、共同相続人の1人が金融機関に対し自己の法定相続分相当額の払戻を求めた事案では、普通預金債権、定期預金債権及び定期積金債権について、払戻請求を否定する内容の判例が登場しました(最判平29・4・6)。

新たな規定の創設

以上のような判例の変遷により、預貯金債権が相続分に応じて当然に分割承継されるものではないということになったため、金融機関としては、相続人から法定相続分に応じた預貯金の払戻請求を受けても対応できないことになりました。
しかしながら、これでは、すぐに葬儀費用等を捻出したい相続人は困ります。そこで、このような相続開始後の相続人の資金需要の要請に応えるため、立法的な解決がなされることになりました。具体的には、以下のとおり、一定額を限度に預貯金債権の一部の単独行使を認める旨の条文が民法に新たに規定されることになりました。

(遺産の分割前における預貯金債権の行使)
第九百九条の二 各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

払い戻し請求が認められる上限額は、相続開始時の預貯金債権の債権額の3分の1に当該相続人の法定相続分を乗じた額であり、かつ、150万円を超えないものとされています。そして、この上限額は“金融機関ごと”に判断されます。
<CASE>の例で、Bが各銀行に対して、払い戻し請求を行う場合、いくらずつ引き出すことができるでしょうか。

X銀行の場合は、180万円×1/3×1/2(法定相続分)=30万円。Y銀行の場合は、240万円×1/3×1/2(法定相続分)=40万円。Z銀行の場合は、1200万円×1/3×1/2(法定相続分)=200万円となり、この金額は上限の150万円より多いため、150万円が払い戻しを行うことができる金額となります。したがって、Bは単独で、各銀行から、30万円、40万円、150万円の合計220万円の払い戻しを受けることができます。

もっとも、Bが各金融機関から払い戻しを受けた現金については、Bが遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなされますので、その後の遺産分割協議では、このことが考慮されることになります。

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熊本 健人

学習院大学法学部卒業
神戸大学法科大学院修了

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