第52回 遺産を勝手に処分されてしまったら…

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熊本 健人

2022-03-25

第52回 遺産を勝手に処分されてしまったら…

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 相続人が複数いる場合、被相続人と同居していた相続人が勝手に現金を使ってしまったり、高価な動産を売却してしまうことがあります。万一、このようなことが起こった場合は、どのように対応すればよいのでしょうか。また、このような事態を事前に防ぐ方法はあるのでしょうか。今回は、遺産を勝手に処分されてしまった場合の対応策について解説していきます。

<CASE1>
 Aには亡夫との間に長男B、次男C、長女Dがいた。Aは長男Bと二人で暮らしており、現金や預金の管理は長男Bに全て任せていた。次男Cと長女Dはそれぞれ家庭をもち、別の場所で暮らしている。
その後、Aが死亡した。長男Bは引き続きAの現金を保管していたが、長男Bに現金を使われることを恐れた次男Cと長女Dは、長男Bに対し、法定相続分に応じた現金を渡すように請求したい。

次男Cと長女Dは、長男Bに対して、自己の法定相続分に相当する現金の支払を求めることはできません。その理由について、解説していきます。

現金は遺産分割の対象財産である

被相続人が死亡すると、その相続財産は相続人に包括的に承継され、相続人が2名以上いる場合は、相続財産は、相続人間で法定相続分に応じて共有されることになります。もっとも、遺産の性質によっては、相続人間での共有になるのではなく、法律上当然に分割され、各共同相続人がその法定相続分に応じて権利を承継することもあります。

この点、現金は、一見して分割が容易であると考えられますが、法律上当然に分割されるものではなく、あくまでも遺産分割協議が必要である遺産分割の対象になると考えられています(最判平4・4・10判時1421・77)。

したがって、現金は、他の相続財産と同様に相続人の間で遺産分割協議を行うことが必要となり、仮に協議が調わなければ、家庭裁判所に対して、遺産分割調停を申し立てる必要があります。そして、遺産分割調停においても協議が調わなければ、審判を申し立て、裁判所により結論を示してもらう必要があります。

 以上より、次男Cと長女Dは、遺産分割を経ることなく、自己の法定相続分相当額の金銭の交付を求めることはできません。次男Cと長女Dは、遺産分割協議が成立する前に長男Bに現金を使われてしまうおそれがある場合は、審判前の保全処分として財産管理人の選任を行うことなどを検討する必要があります。

<CASE2>
 <CASE1>の例で、長男Bは、次男Cと長女Dに黙って、Aが生前大切にしていた高価な陶器をEに対して勝手に売却してしまった。Eは、次男Cや長女Dに無断で陶器を売却していることを知らなかった。
次男Cと長女Dは、Eから陶器を取り戻したいと考えている。

Eが次男Cや長女Dに無断で陶器を売却していることを知っているときは、次男Cや長女Dは、陶器をEから取り戻すことができます。他方で、Eがそのことを知らないで買い取ったときは、陶器を取り戻すことができません。この場合、次男C及び長女Dは、長男Bに対し、売却代金から自己の法定相続分に相当する金銭を支払うよう請求することができます。以下、解説していきます。

共有財産の処分行為は勝手にできない

 <CASE1>の例と同様に、被相続人が死亡すると、遺産分割が成立するまでの間、共同相続人はその相続分に応じて相続財産を共有することになります。そのため、Aが持っていた陶器についても、遺産分割が成立するまでは共有の状態となります。

ここで、共有財産の処分等については、民法の定めによりルールが決められています。共同相続人は、相続財産を相続分に応じて使用することや、保存行為を単独で行うことはできる一方で、管理行為(利用、改良行為)を行うには、相続持分の過半数の賛成がないと行うことができません。また、処分行為については、相続人全員の同意が必要となります。
陶器を売却することは、相続財産の処分行為に当たりますので、相続人の全員の同意が必要となります。したがって、長男Bが次男Cと長女Dに黙って陶器を売却することは民法の規定に反する行為ということになります。

即時取得は第三者を保護する規定

では、次男Cと長女Dは、なぜEから陶器を取り返せないのでしょうか。
長男BがEに対して陶器を売却した行為は、民法の規定に反する行為であるため、無効な取引になります(長男Bには陶器を売却する権限がありませんでした。)。もっとも、無効な取引だからといって、陶器をEから取り戻せることになってしまうと、Bに売却権限があるものと信じたEにとっては酷な結論となってしまいます。不動産のように登記の制度があれば誰が所有者であるのかを確認することができますが、動産の場合は所有者を簡単には確認できません。そこで、民法は、相続財産が他の相続人に無断で売却された場合であっても、そのような事情を知らずに動産を買い受けた者を保護する規定を置いています。このような規定を即時取得といいます(民法192条)。

<CASE2>では、Eは、長男Bが次男Cや長女Dに無断で陶器を売却しようとしていることを知りませんでしたので、即時取得によってEは保護されることになり、次男Cや長女Dは、Eに対して陶器の返還を求めることができません。

もっとも、次男Cと長女Dは、長男Bとの関係では、長男Bが次男Cと長女Dに黙って陶器を売却したことになりますので、売却代金のうち自己の相続分に応じた金銭について、不当利得としてその支払を求めるなど、金銭的な請求を行うことはできます。
なお、遺産分割前に無断で陶器を売却されないようにするために、<CASE1>の場合と同様に、審判前の保全処分として財産管理人の選任を検討する必要があります。

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熊本 健人

学習院大学法学部卒業
神戸大学法科大学院修了

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