前回の記事で、被相続人が死亡してから3カ月間(熟慮期間と呼ばれます。)何もしないと、相続をしたことになる(相続放棄ができなくなる)と説明しました。
今回は、上記のルールに例外が認められる場合について、説明します。
熟慮期間を過ぎてから相続債務の存在が判明したらどうなるの?
CASE①
A(65歳)には高齢の父親B(90歳)がいる。母Cは早くに他界している。Bは定職に就かずにギヤンブルに熱中し家庭内のいさかいが絶えなかったため、Aは家庭に嫌気がさし、成人してから家出をして、父Bとは数十年にわたって音信不通の状態であった。 ある日、Aのもとに、Bが居住していたD市の生活保護課から、Bが死亡したという連絡が入った。Bはこの数年間、生活保護を受給していたとのことであった。 Aは、後片付けのためにBの自宅を訪れたが、特段目ぼしい財産は見当たらなかった。 ところが約1年後、Bが生前に知人EのXに対する1000万円の債務について連帯保証人となっていたことが判明した。実は、Bは生前、Xから民事訴訟を提起されており、その敗訴判決文が、Bの相続人であるAのところに送達されたので、Aは当該債務の存在を認識したのであった。
Aはあわてて家庭裁判所に駆け込み、相続放棄の申述をした。
このような事案で、最高裁判所は、以下のような判示をして、Bの死後3カ月が経過していたにもかかわらず、Aの相続放棄を認めました(長いので、分かりやすくするために①~⑤に分けて説明します。)。
①「民法九一五条一項本文が相続人に対し単純承認若しくは限定承認又は放棄をするについて三か月の期間(以下「熟慮期間」という。)を許与しているのは、相続人が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた場合には、通常、右各事実を知つた時から三か月以内に、調査すること等によつて、相続すべき積極及び消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無、その状況等を認識し又は認識することができ、したがつて単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいているのであるから、」
②「熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知つた時から起算すべきものである」
③「が、相続人が、右各事実を知つた場合であつても、右各事実を知つた時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、」
④「かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、」
⑤「相続人が前記の各事実を知つた時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。」
まず、熟慮期間は、相続人が被相続人の死亡を知ったときから起算されるという原則が確認されています(②)。その理由は、被相続人が死亡したことを知れば、それから3カ月もあれば、どんな財産があったのか、どんな債務があったのか、調査するのに十分だろう、ということです(①)。
ところが、被相続人が死亡したことを知っても、「被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて」、債務がないと信じたとしても仕方がないと言える場合には(③④)、例外的に、後で債務の存在を知った日が熟慮期間の起算点になるとされました(⑤)。
このようなケースでAが救済されるという結論は、妥当なものと考えられますが、次のようなCASEでは、Aは救済されないと考えられます。
CASE②
CASE①で、Aは、Bと不仲ではなく、毎年数回の往来があり、家族関係は円満であった場合はどうか。
以上のとおりですので、生前の関係性がどのようなものであるとしても、自分が相続人になった場合には、慎重に相続財産、相続債務の調査を行い、被相続人の死亡から3カ月以内に相続放棄の有無を決するべきです(CASE①の事例でも、結局、最高裁判所まで行かなければ、結論が分からなかったわけです。その間にAが失った時間や財産(弁護士費用)、精神的ストレスは相当なものであったのではないかと推察されます。)。
以上
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