「母親が認知症を患っているのですが…相続対策はどうしたらよいでしょうか?」
認知症患者数の増加に伴い、そういったご相談も増えてきています。
今回は、認知症と相続の問題について、成年後見制度も交えながら考えてみましょう。
被相続人が認知症の場合
認知症になってしまうと、非常に多くの問題が発生します。
例えば、自分自身で介護施設への入所手続きができなかったり、必要なお金を用意するために定期預金から普通預金に振り替えたりすることも、不動産を処分することもできなくなってしまいます。
「母親が認知症を患っているのですが、今後の相続対策として何ができますか?」
残念ながら、可能な相続対策はほぼありません。
認知症になると相続対策が対処不能に陥る
相続対策の主な手段としては次のようなものがありますが、認知症になるとこれらすべての対策ができなくなります。“成年後見人を選任したとしても”です。
成年後見制度は、判断能力が不十分になった人の財産や権利を保護するための制度であることを念頭に置いて見てみましょう。
A.生前贈与
生前に自分の財産を家族に移転させることで相続財産を減らし、相続税を引き下げます。
贈与税には年間110万円の非課税枠をはじめ、配偶者控除や住宅取得等資金の一括贈与特例など、贈与税負担を抑えることができる制度があるため、これらを効率的に活用することで、贈与税の発生を最小限に抑えつつ、相続税を負担も減らすことができます。
成年後見人がいても生前贈与はできない?
成年後見制度は、本人(被後見人)の財産・権利の保護を目的とする制度です。
これに対し、生前贈与は本人の財産を「減らす」行為に該当します。贈与とは、売買と違って無償で財産を譲ることですから、被後見人である本人を基準に考えると、生前贈与をすることは一切利益がないといえます。
成年後見人は財産を管理しますが、好き勝手にできるわけではなく、その事務については、家庭裁判所に定期的に報告し、監督を受けることになります。よって、成年後見人がいても本人の財産を生前贈与により移転することはできないのです。
B.生命保険
相続対策の本丸として生命保険がありますが、認知症になると成年後見人がいても生命保険契約を結ぶことが難しくなります。成年後見制度は「本人の利益になるかどうか」という観点から裁判所が監督しますから、“相続人のため”となる相続対策としての生命保険契約は認められない可能性が高いのです。
C.養子縁組
相続人が誰もいない、いても財産を渡したくない、という場合は養子縁組も相続対策の一つになります。養子縁組をすることで、相続税の基礎控除の計算において、実子がいない場合は養子2人まで、実子がいる場合は養子1人までの分の基礎控除額を増やすことができます。
ただ、養子縁組は本人の身分に変動が生じる行為であり、本人の意思が最大限尊重されるべき事柄のため、成年後見人といえども代理権や同意権がなく、本人の意思に基づいて行う必要があります。認知証であれば、本人の意思能力が著しく乏しくなるため、養子縁組による相続対策もできなくなります。
以上のように、非常に重要となる3つの相続対策すべてが実行不能に陥るため、相続対策を考えている方は、自分自身の意思能力がはっきりしているうちから実施していくことを心がけましょう。
遺言に関するトラブルも起こりうる
被相続人が認知症の場合に問題となりやすいのが、遺言に関するトラブルです。
例えば、相続人となる兄弟がいて、兄に多くの財産を遺すことを記した父の遺言があるとします。
これを弟が不服として、父の認知症を理由に、その遺言の無効を主張するようなことになると話が複雑になります。
“遺言を作成した時点で、遺言能力を有していたかどうか”
その判断は、医師に認知症と診断される前か後かといった単純な話では済まないことでしょう。
もちろん、正常な判断能力を有するときに作成された遺言であることが明らかであれば、後に認知症になったとしても、その遺言の有効性に疑いはありません。
効力のある遺言を残すためには、遺言をするときに判断能力がなければなりません。(逆にいうと、判断能力があれば、認知症を患い、被後見人となった人でも遺言書を残すことは可能です。ここでいう「判断能力がある」とは、医師2人以上が立ち会い、遺言をするときに本人に判断能力があったことを遺言書に記載、署名、押印することで証明されます。)
無用なトラブルを避けるためにも、本人が元気なうちに遺言を作成しておくべきなのです。
今回(被相続人が認知症の場合)は以上です。
次回は「相続人が認知症の場合」を見てみます。