前回(第21回)に続き、「特別受益」の制度についてお話します。
今回は、特別受益にはどのような種類があるのかを確認しましょう。
生前贈与はすべて特別受益になる?
CASE① 被相続人Aには法定相続人として子B、Cがいる。長年、BはAと同居している。Aには、遺産として預貯金が3000万円ある。 【ア】Aは、生前、遺言を作成し、一切の預貯金をBに遺贈する旨、遺言に記載していた。 【イ】Aは、生前、Bに2000万円を贈与した。そのため、A死亡時にAの手もとにある預貯金は1000万円だけであった。
最初に、改めて、民法の条文を確認してみましょう。
(特別受益者の相続分)
第九百三条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
特別受益の種類として、まず「遺贈」が挙げられています。
遺贈とは、被相続人が遺言によって無償で自己の財産を他人に与える処分行為を意味します。“遺言によって”ですので、被相続人が死亡したときに、対象の財産が、自動的に、遺贈の相手方(本件ではB)に移転することになります。
遺贈については、その目的がどのようなものかを問わず、一律に、特別受益として扱うこととされています。
従って、CASE①【ア】では、3000万円の遺贈がすべて特別受益とみなされます。
次に「贈与(生前贈与)」が挙げられています。贈与とは、“遺言によらずに”つまり、被相続人の生前に、自己の財産を他人に与える処分行為です。(CASE①【イ】)
上記903条の条文をよく読んでみると、生前贈与の場合には、一定の条件が付されていることが分かります。
第九百三条 共同相続人中に、被相続人から・・・婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、・・・
生前贈与が特別受益とみなされるためには、「婚姻若しくは養子縁組のために贈与を受けた」、「生計の資本として贈与を受けた」、いずれかのケースに該当する必要があります。
どのような場合がこれに該当するかについては、裁判例の蓄積がありますので、以下にて確認していきます。
学生時代の仕送りは特別受益になる?
CASE② 被相続人Aには法定相続人として子B、C、D、Fがいる。それぞれ、Aが学費を支出して、各人が望む教育課程を修了したが、このうちDだけが、10年間もAの仕送りに支えられて下宿生活を送り大学を卒業した。 B、C、Fは、Dだけがこのような扱いを受けるのは不公平であると長年感じており、Aの死亡により遺産分割協議が始まるにあたり、Dが享受した10年分の下宿代等を特別受益として主張したいと考えている。
CASE②におけるDの受益は、「婚姻若しくは養子縁組のため」のものではありませんので、残るは「生計の資本として」贈与を受けたと言えるか、「生計の資本として」とは一体どういう意味なのかが問題となります。
CASE②に類似する事案において、大阪高等裁判所の裁判例では、次のように判示され、Dが享受してきた下宿代等について、特別受益性が否定されました(大阪高決平成19年12月6日家月60巻9号89頁)。
「本件のように,被相続人の子供らが,大学や師範学校等・・・教育を受けていく中で,子供の個人差その他の事情により,公立・私立等が分かれ,その費用に差が生じることがあるとしても,通常,親の子に対する扶養の一内容として支出されるもので,遺産の先渡しとしての趣旨を含まないものと認識するのが一般であり」
この裁判例が重要視する指標は、贈与が「遺産の先渡しとしての趣旨を含むか否か」です。
B、C、Fの気持ちも、心情的には分からなくはありませんが、親が子の教育の実現を望むのは一般的なこと。ここに表れているのは、たとえ卒業までに時間がかかったり、少し寄り道をすることがあったとしても、その間に生じた費用が、「遺産の先渡し」の趣旨であるとは到底考えられない=特別受益制度を使った法定相続分を調整するほどのことではない、という判断です。
他方で、この裁判例の考え方に従っても、Aが、B、C、Fに対して一切の教育費の援助をしておらず、Dだけを大学進学させ、さらに10年分の下宿代も面倒をみた、という事情があれば、A家の一般的な扶養の水準を逸脱している=遺産の先渡しの趣旨を一部含んでいる、と解することも可能でしょう。
異なるケースも見てみましょう。
マイホームをプレゼントしてもらったら?
CASE③ CASE②において、Aは、Dをえこひいきして溺愛しており、Dの結婚に際して、土地建物合計6000万円のマイホームをプレゼントした。他方で、Aは、B、C、Fに対してはそのような贈与をしたことはなく、そのまま死亡した。
これは、「婚姻のための贈与」と考えることもできますし、「生計の資本としての贈与」と考えることもできます。いずれにせよ、特別受益に該当することになると考えられます。B、C、Fと明らかな差がつけられており、かつ、生活上絶対に必要ではない(親の扶養義務の範囲ではない)ことから、「生計の資本として贈与された(≒遺産の先渡し)」と評価することができるからです。
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