今回も、前回に引き続き「相続放棄」について解説します。
相続放棄をした後に財産が出てきた!どうすればいい?!
CASE①
A男(80歳)とB女(75歳)夫婦の間には子C(55歳)がいる。 Cは、A男から、かねがね、預貯金が少しあるから相続のときにはCに相続させると聞いていた。 ところが、A男が亡くなり、Cが実家の整理をしていた際、A男宛に、多数の消費者金融から支払督促状が届いているのを発見した。その合計額は1000万円を超えていた。他方で、A男の預貯金口座には、わずか10万円程度の残高しかなかった。 そこで、Cは、A男の死亡から3カ月以内に、家庭裁判所にいって、相続放棄の申述をした。 ところが、A男の一周忌に再度A男の遺品を整理していた際、A男の机の奥から複数本の金地金が発見された。買取業者で確認したところ、3000万円相当の価値があるとのことであった。
前回ご説明したとおり、相続放棄は「自己のために相続の開始があったことを知った時から三カ月以内に」家庭裁判所で申述をしなければなりません。
ところが相続放棄をした後に、実は被相続人に高額の財産があることが判明した場合、相続放棄は撤回できないのでしょうか?
この点、民法は、原則として相続の放棄は撤回できないと定めています。
(相続の承認及び放棄の撤回及び取消し)
第九百十九条 相続の承認及び放棄は、第九百十五条第一項の期間内でも、撤回することができない。
そうすると、Cは、相続放棄後に金地金を発見したとしても、相続放棄を撤回できないこととなります。
財産がないと騙されて相続放棄をしてしまったら?
財産がないと騙されて相続放棄をしてしまったら?
CASE②
CASE①でB女は金地金の存在を昔から知っていたが、Cに金地金を渡したくないため、CにはA男には何も財産がないと嘘を説明して、相続放棄をさせていた。
このケース②のように、詐欺行為によって相続財産の内容を誤解し、相続放棄をした場合には、Cは、相続放棄を取り消すことができます(民法第919条第2項)。ただし、B女の詐欺行為を知ったときから6カ月以内または相続開始時から10年以内に限り、取り消しをすることができます。
この、取消の意思表示も、家庭裁判所に対する申述によって行います。
(相続の承認及び放棄の撤回及び取消し)
第九百十九条 相続の承認及び放棄は、第九百十五条第一項の期間内でも、撤回することができない。
2 前項の規定は、第一編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない。
3 前項の取消権は、追認をすることができる時から六箇月間行使しないときは、時効によって消滅する。相続の承認又は放棄の時から十年を経過したときも、同様とする。
4 第二項の規定により限定承認又は相続の放棄の取消しをしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
相続放棄のために兄弟姉妹の税額が変わってしまったら?
CASE③A男(80歳)とB女(75歳)夫婦の間には長男C(55歳)、次男D(53歳)がいる。B女はすでに死亡している。
CとDは、過去に金銭の貸し借りがあったことなどもあり、A男が死亡した場合、Dは相続放棄をして、CだけがA男の財産を引き継ぐことにしようと話し合いで決めていた。
A男が死亡したため、Dは早速相続放棄の手続きを完了した。
ところが、Dが相続放棄をしたことによって、Cが支払わなければならない相続税の金額が高額になった。CもDも相続税に関する知識がなく、相続放棄によって放棄していない方が支払う税額が高くなることはまったく想定していなかった。Cは、相続税を支払うことができないので相続放棄を撤回してほしいとDに持ち掛けてきた。
民法では、法律行為の要素に錯誤があったときは、その法律行為は無効になるという「錯誤無効」のルールがあります(民法第95条)。
相続放棄に関しても、錯誤無効のルールは適用されると解されていますが、最高裁判所は、CASE③のような事例で、Dによる錯誤無効の主張を認めませんでした。相続税が上がる、下がる、といったことについての誤解は、「法律行為の要素」の錯誤だとはいえない、とされたのです。
以上のとおり、ひとたび相続放棄をすると、これを取り消したり、無効にしたりすることは相当に困難です。相続放棄を検討する期間が「熟慮期間」と呼ばれているのは、まさしくこの期間が、相続人は、慎重に相続財産、債務の有無を確認して、相続放棄をするか、しないかの判断をするための期間であることの表れと言えます。
以上
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